見出し画像

4

ぱかりと開けられた小さな銀色のスチールケースには、沢山の作品が詰まっていた。
一ミリにも満たないレース針と手縫い糸で生み出される世界はとても美しい。
繊細でわくわくさせられる。
あたたかくて優しくて、どことなく切なさも感じる所もまた良い。
一本の手縫い糸で基本の編み方である鎖編みをして見せてくれた髙橋さんのレース針は、レース針の中でも二番目に細い十二番。
見せてもらった針先のくぼみはよく目を凝らさないと分からないほど浅い。
するすると目の前であっという間に編み目が出来上がってゆくので、魔法みたいだなんて思ってしまった。

妊活、待望の妊娠、流産。
深い悲しみ、心身の不調、休職。
これが髙橋さんが手縫い糸で糸編みを始めるきっかけだった。

とことん細かいものを編もう。
保育園の頃からずっと身近で得意な編み物なら、辛いことを考えなくて済む。
細かく編めば没頭できた。頭がすっきりした。気持ちよかった。
この感覚は、作品で表現したいという髙橋さんの気持ちを後押しした。

没頭して編んでいる時に自分を包み込む静けさが、まるで静謐な夜のようだと思ったという。
円を描くようにぐるぐると編む様が、北極星(ポラリス:polaris)を軸に動く星々に似ていることと、旧姓の頃のあだ名の「ぽり」とを掛け合わせ、髙橋さんは『polari』(ぽらり)という名前で活動するようになった。

雑貨店のエリアマネージャーとしての経験は、審美眼だけでなく、ハンドメイド業界を俯瞰で見る冷静さを髙橋さんに与えている。
飽和したハンドメイド業界において、似た作風、手法を持つ作家は他にもたくさんいる。ただ綺麗だとか、ただ可愛いだけではどうしても足りないのだ。
自分ならではの作風で差別化を図るため、髙橋さんは試行錯誤を怠らない。
編んだり解いたりを繰り返しながら、とにかく手を動かす。
仕上がる思いもよらない形は、新しい作品へのヒントに繋がるのだという。
ハワイ島の美しいサンゴ礁をモチーフとしたpolariの代表作、糸サンゴのアクセサリーは、そんな過程でできた作品の一つだ。
不規則に広がる細かな編み目は、着けた人を優しく引き立たせる。
いつかウェディングシーンで使ってもらえたら嬉しい、と髙橋さんは話す。

類似品に媚びず、自分が納得できた作品だけを常に提供すること、これが髙橋さんの糸編み作家としてのプライド。
編み物は野暮ったくて古めかしいものではなく、美しく洗練されたものであることを自分の作品を通して知ってもらいたい、とも話してくれた。

髙橋さんは更に先のことも見据えている。
地方に移住して自身の表現の場をつくりたい、ハンドメイド作品委託の受け口にもなってみたい、ハンドメイドフェスを企画してみたい、など、たくさんの「やってみたい」を私に聞かせてくれた。
作り手、売り手、買い手、三方向からの視点でハンドメイド業界を見れるのは髙橋さんにとっての大きな強みだ。
能動的で、チャレンジ精神あふれる姿はとてもかっこよかった。

髙橋さんのものづくりのルーツを紐解くと胸が締め付けられる。
彼女は今も、自分を肯定し、許し、認めることを意識的に行いながら悲しみと向き合っている。
polariというブランドは、悲しむ自分も認めつつ前へ前へ進む髙橋さんの生き方そのものなのだろう。

polari
髙橋 瑞穂

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?