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一目惚れだった。

長くて少し癖のありそうな黒髪を後ろで緩く三つ編みにしている人だった。
ハイネックのニットもひざ下丈のスカートも深めのグレー。控えめな格好。
朱色にほんの少し墨を垂らして滲ませたかのような深い色のイヤリングとブローチはなかなかに渋いデザインだったが、彼女の落ち着いた雰囲気を洗練されたものに昇華させていた。
綺麗だと思った。

結局その日は調べ物に全く手が付かず家に帰った。
彼女がこの図書館の司書だと知れたのは大きな収穫だったと思う。

何とかして声を掛けたい。
自分のことを知って欲しい。

それから、仕事が休みの日は必ず図書館にというか、彼女に会いに行くようになった。
顔も名前も覚えてもらった(自分から名乗った)。
彼女に声を掛けて本の場所を教えてもらったり、彼女からのヒアリングでおすすめの本を選んでもらったり、自分なりにアクションは掛けているつもりなのだが、暖簾に腕押しというやつで、全く効果がない。
会えば微笑んでくれるのでグッとくるけれど、今日は何をお探しですか?と毎回言われるあたり、彼女の中の私はただの熱心な読書開拓者のようだ。
嫌われていないだけまだマシだと自分に言い聞かせている。

足しげく通うようになると、他の人の顔も自ずと分かってくる。
もともと常連だった人達にとって私は新入りみたいなものなのだろう。
通りすがりの女の子が会釈してきたので、どうもと返す。
会釈してきた子の隣にいるもうひとりの女の子が彼女を肘で小突いた。
最近よく来られますねと会釈してきた方の子が言ってきた。
押しの強い探るような目は、ちゃんと読みもしないくせに毎日来やがってと言っているようにも思える。
雰囲気に圧され、私は司書の女性に一目惚れして足しげく通っていることを二人に話した。話したくなかったけれど、全くもって気付かれておらず、相手にされていないことも。
彼女を小突いた黄緑色のイヤリングの子は呆れた顔をしていたし、彼女に至っては見るからに不機嫌そうな顔をしていた。
私に声を掛けた女の子は唇をぐっと結んで私の目を見て、外堀埋めるようなことばっかりしてるからいつまでも前進しないんでしょ、と言って黄緑色のイヤリングの子の腕をぐいぐい引っ張って帰って行ってしまった。
二の句も継げなかった。
そう、まさに仰る通りです。

カウンターから、どうかされたんですかと不安そうな顔をした彼女がやって来た。
今日も渋くて深い色のイヤリングとブローチをしている。
二人組の若い女性に男ひとり絡まれている図のように見えていたとしたら相当恥ずかしい。
何でもないんです、本当に。
強めに言うと、なら良いのですがと彼女は言った。
じゃあ、失礼しますと言って私は自動ドアの方へ向かう。
このタイミングで彼女に直球勝負をかける馬鹿ではない。
でも、次こそは気付かせてみせる。

自動ドアが開いて外の空気が流れ込んでくる。
振り返り、彼女を見つめて口を開く。

今度お会いしたら貴女にお伝えしたいことがあるんです。

そう告げると、彼女は驚きと困惑が混じったような顔をしていた。
私が見る、彼女の初めての表情だった。
やはり彼女には、外堀を埋めるより直接勝負した方が良さそうだ。

今日出会った女の子達に感謝しなければ。

アクセサリー作家:はせがわ さき
『色深し(いろふかし)』

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