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どうやったらあいつがもっと喜んでくれるのか知りたい。

兄さんはあの人にベタ惚れだ。自分で周りに言ってるし。
父さんと母さんだってあんな風じゃない。
愛してるだの可愛いだの、どうしてあんな歯の浮くような台詞がほいほい出てくるんだ。
言葉にして伝えるのは僕達二人にとって大切なことなんだ、だってさ。
いや、俺が嫁さんを嫌いだとかそういう訳じゃなくて。
俺だって嫁さん、あいつのことは誰よりも大事に思ってる。
だから結婚したんだ。
でも大人しすぎると思う。
司書をやってる義姉さんもだけど、あいつは殊の外静かだ。口数も少ない。

悩みに悩んで相談したっていうのに、兄さんはさも簡単そうにそんなの彼女に直接訊いてみればいいじゃないかって言う。
それができたら今俺は苦労してないんだっての。
向かいのキッチンで兄さんの嫁さんが俺達の会話を聞いてくすくす笑っていた。
ジト目で兄さんを見てもどこ吹く風、という感じだ。

確かに急に『愛してる』なんて言われても、あの子は固まっちゃうだけかもね。
ふふふっと手の甲で口元を隠して笑った後、彼女は俺に笑っちゃってごめんなさいねと言って、兄さんと俺にコーヒーを淹れてくれた。
兄さんは彼女にいつもありがとう、助かるよと言ってにっこり笑った。
どういたしましてと兄さんに微笑んだ後、彼女は俺にごゆっくりと言って自分の部屋に入っていった。
マグカップにはコーヒーが少し多めに入っていた。
はあ、とため息を吐く俺に兄さんは、まずおまえにできることからやってみればいいさ、彼女への気持ちがちゃんとあるんだから、と言った。

夕飯を食べてから、あのさと発した自分の声は強張っていた。
押しつけるようにして手渡されたものを見て、あいつは戸惑った顔をした。

買ってきたんだ。おまえに似合うと思って。

大きく息を吸ってゆっくりそう伝えると、あいつは目をまん丸にして驚いていた。

俺にできることはなんだと考えて、プレゼントなら自分にでもできると思った。
イヤリングを選んだのは、使って無くなってしまうものよりずっと使ってもらえるものにしたかったからだ。
細かな白のレースがそれぞれの形を成して小さな花束のように広がっている様が上品だと思った。
白い花が好きなのと言ってはにかんだあいつの笑顔を思い出して、あいつなら髪を下ろしていても結んでいても絶対に似合うと思った。

口下手でごめん。でも俺は、もっとおまえに喜んでほしいんだ。

そう言うとあいつは首をふるふると横に振った。
毎日ずっと貴方が優しくしてくれてること分かってる。
それなのにありがとうって伝えられなくてごめんなさい。
そう言って、ぼろぼろ涙を零して泣いた。
しばらく泣き止まなくて、少し焦った。

落ち着いてから、俺達も兄さん達みたく口に出して気持ちを伝え合おうと決めた。
言葉にして伝えるのは俺達二人にとっても大切なことなんだ。
明日は久しぶりの日帰り旅行だ。
プレゼントしたイヤリングを着けて来てほしいと言ったら、ありがとうとあいつは笑った。

ありがとうを言うのは俺の方だっていうのに。

アクセサリー作家:かがい
『レースフラワーを集めたブーケのイヤリング』

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