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胸の下を押さえつける帯の圧迫感も、淑やかであれと言わんばかりの歩き難さも、慣れてしまえば「これこそがこの国の民族衣装」と思えてくるのだから面白い。
玄関から一歩踏み出すと、外はとても静かで、挿した簪(かんざし)のちりちりと揺れる音がやけに大袈裟に感じた。
珍しくひやりとする朝だった。

友人が結婚する。
今日は結婚式だ。

自宅から式場まで、少しばかり時間が掛かる。
ものすごく遠いわけでもなければ近いわけでもない微妙な距離。
新郎新婦の用意したホテルを使おうかとも考えたが、晴れの日を祝う側はこれくらい疲れて然るべきだと思ったので、早起きする方を選んだ。
家から徒歩数分で着く最寄り駅の改札をICカードでタッチして通る。
階段を上ると、始発の電車がゆっくりホームに向かってくるのが見えた。

閑散とした列車の中で、何をするでもなくぼうっと窓の外を眺める。

今日の式には、きっとあの人もいる。

きれいな色だねと黒髪を褒めてもらった、ただそれだけのことなのに、思い出すと今でもどきどきする自分がいる。
大らかな笑みのその人が友人の年の離れた姉だということは、後になって知った。
別に真面目とかそんなのじゃなく、異端の目で見られなかったこと、自分を肯定してもらえたような気がしたのが嬉しかった。

今でも、私は髪を染めないでいる。
この黒髪を気に入っている。

ごうっ、と電車があっという間に池の側を通り過ぎる。
窓の向こうでは、青、紫、オレンジでできたマーブル模様の空の下、沢山の睡蓮が静かに花弁(はなびら)を起こしていた。
彼らはあと数時間もすればまた花弁を閉じて眠ってしまう。

貴女のおかげで私は自分に自信を持てたのです。

柔らかな白に水色をぽたりと垂らしたような花弁がほんの少しだけ透けて向こう側の色を見せてくれる私の睡蓮は、眠ることなく私の頸(うなじ)の近くで咲いている。
空が白んで朝日が差し込み、窓に横顔が映る。
花弁とその周りが柔らかく光を帯びて、とてもきれいだった。
他人事のように、そう思った。

和装の参列者や黒髪の女性が多かろうと少なかろうと、私は水色の眠らない睡蓮と共に堂々として座ると決めている。

あの人は、たった一言話し掛けただけの相手のことなどきっと覚えていないだろう。
だけど、それでもいい。

最高の身なりであの人を見つけること。
これが私の感謝だ。

アクセサリー作家:nachugo
『静寂の睡蓮』


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