シェア
トーストにヨーグルトとコーヒー。 一人暮らしの食生活はこんなものだろう。たぶん。 ごちそうさまの後、しゃこしゃこ歯を磨きながらその日の装いを考える。 私のルーティーン。 今日は白い丸首のトップスと裾を捲ったデニムのパンツにする。 夕方は肌寒いだろうから、グレーのシャツワンピースを羽織ろう。 三連サークルのイヤリングにもぴったりだ。 薄鈍(うすにぶ)色の石は、きっと秋風に大きく揺れるのだろう。 天気予報は晴れ。 いわし雲が見れると嬉しい。 観たかった映画もまだやってるし、
鈍色のトレンチコートとメタルフレームの丸眼鏡。 スタイリングのインテリっぽさを抑えるのは、耳元の黄色いまんまると枯葉を敷き詰めたような色のタッセル。 彼はこの丸を茶化して『栗の甘露煮』と呼ぶ。 私もわざと耳を出して出掛ける。 ロマンチックの欠片もない呼び名だけれど、二人向かい合ってくつくつ笑えるのが楽しい。 見上げれば、今日も悪戯っぽい目が私を見下ろしている。 「秋ですから」 ふふんと私が笑うと、お腹が空く秋ですからねぇと彼は嬉しそうに言った。 大きくて温かい手が私の
冷たい風がぶわりと吹き上がる。 甘いにおいがじんわり溶けてゆく。 切り揃えられた髪の間から見えるうなじに、短い髪も似合う人だったんだなと思う。 ポッケから引っこ抜いて繋ぎ直した彼女の左手はひんやりとしていた。 もう一枚羽織ってくればよかったね。 そう言うと、君はちょうどいいよと言った。 僕を見上げて、ふふふと可笑しそうに笑った。 右手がきゅ、と握り返される。 ちょうどいいの。 嬉しそうに目を細める僕の大切な人は、桜色の耳飾りと同じくらい赤い
ホテルの一角にあるパウダールームの大きな鏡にショートヘアの女性が映っている。 左右長さの違う前髪、挑戦的な目の私だ。 ポーチから取り出した細長いピアスは、ネオンイエローで飾った指先でつまむと良く映える。 煙る色とりどりのカラースプレーをスティックの中に閉じ込めたような色合いが堪らないのだ。 色と色とがとろりと混ざり合っているような様はいつ見てもうっとりする。 溶け込みたくないし、浮きたくもない。 没個性と奇抜との狭間、TPOに合わせたスタイリングをするのは
誰にも急かされずに自分のペースでのんびり歩くのが好き。 歩きながら平たい棒付きのキャンディを口の中でからころ鳴らすのも好き。 さくっとスタイリングが決まるということは、雨も降らないということ。 私の柔らかくて短い猫っ毛は、大体のお天気の目安になっている。 程々の風、程々の日差し。今日は良い天気だ。 春の日差しは上着をもう一枚羽織っているような感覚になる。 桜並木があっという間に緑に覆われたのを見ると、自分の周りはどんどん進んでいるんだと気付かされる。 夜
甘い香りがする方を向いたら、彼女の長い髪が風に吹かれてくしゃくしゃになっていた。 髪を乱されても何とも思わない、というような顔だった。 きれいに巻かれていた髪は小さくて薄っぺらい手であっという間にざくざくとまとめられ、前髪も全部引っ詰められたふわふわのポニーテールになった。 ゴムが見えないように毛束を巻いてほぐした後、最後にポーチから取り出したイヤリングを両耳につけて、彼女は…よし!と呟いた。恋する女性は逞しい。 でも、僕は嬉しくない。 あの輪っかを触ったら
ジャケットを羽織って目を瞑る。 息を吐くと思ったよりも肩が下がった。 下ろした長い髪をうなじから右胸に集め寄せる。 扉の前、指の間をするりと通り抜ける感覚に気が抜けてしまいそうになるのを、ファイルを抱える腕に力を入れることでぐっとこらえる。 周囲から言わせれば、私は強い女なのだそうだ。 私だって心配になりますとか不安になりますとあの時言えていれば良かったのだろうか。 でも、そんなことを言える私じゃなかった。 今の今まで弱音を吐いた試しはない。
手首の内側の時計盤を何度確認しただろう。 楽しみにしている時ほど時間の進みは遅い。 淡いパステルイエローのワンピース、 おだんごにまとめた髪、 両耳の小さく編まれた金色の花。 ふたり一緒の思い出を集めて君を待ってる。 良い色だねと言ってくれたあの日。 つついてみたくなるんだと悪戯っぽく話す声。 いつもより大人っぽく見えるよと褒めてくれたプレゼント。 気付いてくれるかな。 ふわ、と風が遊ばせた短い髪を押さえてどきりとする。 いつか君にぺ
白は良い。身が引き締まる思いがする。 白と白にほんの少しのゴールドを添えるのが私のお気に入りの組み合わせ。 無いと落ち着かないわあと思ってしまう。 ウェーブ掛かったワンレングスの隙間からちらちらと見える感じが堪らないのだ。 ドレスの裾が緩やかに広がるとき、 リネンの生地がさわりと肌を掠めるとき、 ピアスが耳元で空気をかすかに揺らすとき、 きっとこの瞬間の私はいつもより綺麗に見えるのだろうなと思えて嬉しくなる。 どこかに出掛けたい、誰
ヘアバームを軽く揉み込んでツヤ感の少し増した毛束を耳に掛ける。 お財布の入ったクラッチバッグもだけど、忘れちゃいけないのは私の相棒。 澄まし顔のつんけんした子だと思っていたけど、なんだかイカみたいねと友人に言われてからは愛嬌のある顔にも見えるようになった。 手に取る度に毎回口元がにやけてしまうようになったけど、それもまた良い。 どっちにしたって可愛いのだから。 この子がいるかいないかで私の気分は全然違う。 編み込まれた光沢の波がパールとはまた違った輝き方を
髪の毛はブラッシングしておしまい。 アクセサリーはほぼ無し。 現状のままで満足しているようだけど、元が良いのに楽しまずしてどうすると思うわけで。 半ば強引に座らせた化粧台の前、三面鏡にはぎゅっと目をつむった顔が映っている。 両耳が見えるようにサイドをまとめて結んで、ほんの少し崩してやる。 コテで毛先を遊ばせたら完成。 イヤリングはこのレースの白い小花が似合うはず。 せっかくだからパールも合わせてぷらぷらさせよう。 うん、なかなか良いんじゃない? ほらね、思った通り
おはよう。 眠たそうな顔をしているね。 なんだかんだで今日も目覚ましきっかりに起きたじゃないか。 君は偉い。 目玉焼きにトーストと眠気覚ましのコーヒー。 朝起きて自炊するだけでも凄いことだってこと、君は知ってる? あとは歯を磨いて身支度を整えるだけ。 だけ、って言っても面倒なんだろうけど。 洗面所からこの部屋に戻ってくると、いつも君はしかめっ面だ。 綺麗にお化粧をして髪の毛も上手に巻けているのに。 時々泣きそうな顔をしている時もあったりする。 でもさ、
親の元へ駆けてゆく子のなんと可愛らしいことか。 右に流れる程良くほぐされた編み込みと、小さな花束を逆さにしたような白の耳飾り。 両手を伸ばして抱き寄せ、我が子の頭を撫でる娘は、確かに母親の表情をしていた。 時が経つのは早い。 「たまにはおしゃれしなくちゃね」 「うん、なかなかできなかったから。ありがとう」 慈しみに満ちた親の眼差し。 包み込んでいた小さな手は、包み込む手になった。 「完璧ね」 右、左と顔を向けるのに合わせ、耳元で白い花たち
あーあーあー凹んでやんの。 せっかく友達と一緒におしゃれして会いに行ったのに、告白する前に失恋したとか、ついてねえよなあ、こいつ。 別の女に一目惚れしてるのにムカついたからって、好きな相手に外堀埋めるなみたいなことを言い逃げしてきたとか、それただのアドバイスだろ。一体何しに行ってきたんだよ、お前。 机に突っ伏してばかやろーって唸ってばっかりだから、こいつに強引に付き合わされた友達も、帰り送ってあげてくんない?って呆れた顔をして帰っていった。 おい、お前が早く顔上げて帰っ