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ジャンル分けという沼。

またもや若い男性と見間違われた。今日の出来事である。

私は割とそういう出来事に遭遇しやすい。

それは私の特徴でもあるのだが…

さて、近頃クィアという言葉で性的曖昧さを区別化しようとしているが、以前より書いている通り私の様に多様な自分族がいる人間からするとそういう区別をつけることの方が窮屈だ。

音楽だってそうだ、あまりにもジャンル分けしており何が何だか分からない。苦手だ。

何故分類したがるのだろうか?

はっきり言って性別云々の前に個々で多種多様に違って当たり前なんだ。違うのが当たり前。

どうしてそうジャンル分けしたい?棲み分けしたがる?

いや、この世界がそうさせているのか。免許皆伝よろしく“貴方は男性です”“貴方は女性です”“貴方は子供です”“貴方は…”“貴方は…”

わかりやすさが求められる場合があることは認識している。自身にもそれとはまた違ったそういう面があるからだ。

でもあまりにもジャンル分けしたい沼にハマっている気がする。

私は私だ。揺るがなければ何を言われても割と平気だったりする。

そう、今書いた全てが勿論のこと

“私の場合”だ。

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