空の果てをめざしたペンギンと竜のはなし②(ピコピコハンマー物語)
「片翼でドラゴンが飛べるなんてあり得るかどうか、ですか?」
ロボットからの質問に魔法使いはしばし考えこむと、口を開いた。
「あくまで仮定の話ですが、ドラゴンは魔法的生物と言われています。そして魔法とは想いの強さに反応する特性があります。つまり…そのドラゴンはそうまでして飛びたいという強い想いをもっているのではないかと」
そこまでの強い想いとはいったいどれほどのものかに思いを馳せ、魔法使いはすでに涙ぐんでいる。これならば協力を取り付けることは容易いだろうとロボットはふんで、事情を話した。
「実は、魔法使いさんにこの件で力をお貸しいただけないかと」
「やります!わたしにできることがあればぜひお任せを!」
「このくらいの大きさの魔石に、風の魔法と爆発の魔法を込めたものを用意していただきたいのです」
「お安い御用です!どれくらい用意すれば良いのでしょう?」
「そうですね、ざっと300ずつ」
「さ…さんびゃくぅ!!??」
心優しい魔法使いは、魔石にありったけの魔力を注ぎ込んだせいで、その後3日ほどベッドから起き上がれなかったそうだ。
「空を飛びたいペンギンがいる?」
「それで、いろいろなそざいをしっていて、とってもきようなバーバリアンさんにおてつだいしてもらいたくて」
タヌキはニコニコしながら、ロボットに教えられた台詞を間違えないよう気をつけて言った。狙い通りバーバリアンの鼻の穴が膨らむのをタヌキはしっかりと見た。これはいける。
「面白そうね!何を用意すればいいの?」
「えっとですね、ロボットさんからせっけいずをあずかってきています」
設計図を受け取ったバーバリアンは、腕組みして言った。
「むーん、この大きさはひとりじゃ無理ね。力自慢のあの2人をかり出そうっと」
力自慢の2人とは、巨大な斧を得物として使うイヌ獣人とネコ獣人の重戦士コンビのことである。この一言でイヌ戦士とネコ戦士は、事情もわからぬままバーバリアンにこき使われることが決定した。(一応お礼としてバーバリアン特製ワイルド料理を振舞ってもらったそうだが。)
「しかし、これ本当に大丈夫なん?こんなんで飛べる?」
剣士がいぶかしげに首をひねる。
「それは、みなさんの頑張り次第ですね」
「ひえぇ…責任重大じゃないっすか」
ロボットの言葉に人狼がおののく。
かれらの目の前には鎮座する巨大なパチンコと飛行機。飛行機の中には魔法使いが魔力を込めた魔石がぎっしりと詰められている。
「ま、やれるだけのことはしっかりやらせてもらいますわ。うまい酒の湧き処を教えてもらえるらしいんで」
「へへ…ぼかぁ、そのご相伴に預からせてもらいまさぁ。最後の大事な工程頑張ります」
剣士は根は善人な癖に、ちょっとひねくれている。そんなツンデレな剣士に気持ちよく動いて貰うためには報酬をちらつかせるのが1番であることを、ロボットたちはよく分かっていた。そして酒好きな人狼もそこに乗っかってきたため、ついでに協力を頼んだ。
そこへ、ヘルメットを小脇に抱え、厳重な装甲に身を固めたペンギンがゆったりと重々しい足取りで現れた(後にその場にいた者たちは、何故かドラマッチクなハードロックの歌が聞こえてきたと語った)。
「みなさん、ここまでしていただき本当にありがとうございます。これでようやく相棒と空の果てに向かうことができます」
「相方さんによろしくお伝えください」
「操縦もしっかりね」
「なんだかよくわからないけど、頑張れ!」
「どっちを向いても宇宙なら、どこまで行っても未来だ」
「行けるとええね、空の果て」
「行けますよ!ぼかぁ全力を尽くしますから!」
「…ペンギンさん、どうか、後悔のないように」
「・・・」
それぞれの激励の言葉にうなずくとペンギンは飛行機に乗り込み、準備は整った。
発射台に設置された飛行機を、皆でギリギリと後方へ押しやる。
「いいですか、10、9、8、7…」
ロボットがカウントダウンを開始する。
「5、4、3、2、1…」「ゼロ!」
一斉に手を放す。
パチンコに弾き出されて、飛行機は勢いよく宙へ飛び出した。
「「「「いっけーーーーー!!!!!」」」」
ペンギンが動かせる方の翼で皆に手を振り、魔石を作動させた。
轟音と共に飛行機は、あっという間に空の向こうへと消えていった。
「おおー、ほんまに飛びよった」
「やりましたね!わたしの魔石、うまく使えますように」
「ぶーんってとんでった!わたしの造形、完璧!」
「筋肉痛がまだとれないのだが」
「温泉でも行きたいねえ」
「ま、成功を記念してとりあえず、いとちゅうで一杯やりませんか」
ワイワイ話しながら歩み去っていく一行をよそに、タヌキとロボットはペンギンの消えた先をずっと見つめていた。
機体が悲鳴を挙げている。
ペンギンは、それに構わず魔石を作動させる。
片翼の竜の姿が見えたのだ。その姿は飛んでいるのが奇跡としかいいようのないほどに朽ちかけていた。
「よう相棒、久しぶりだな」
ワイヤーを発射して、機体と竜の身体が離れないようしっかりと固定する。
「空の果てへ行けるぜ。お前はどうしたい?」
返事はいらない。もうわかっているから。
ペンギンは、残りの魔石をすべて爆発させた。
その日、世界のあらゆるところで、天に昇っていく稲妻が見えたという。
「ロボットさん」
タヌキは、怒っているようにも、泣き出しそうにも見える顔でロボットを見た。
「ほんとうに、いかせてしまってよかったんですか」
「…ええ。それがかれらの望みでしたから」
ロボットは空を見上げたまま答えた。
本当は、タヌキの気持ちは痛いほど伝わってきている。タヌキはロボットの心を司っていて、一心同体だから。
―わかっているんでしょう、とあの時ロボットはペンギンに尋ねた。
「あなたほどの科学知識があるならば、宇宙へ行ったらあなたたちの身がどうなるのか。それでも行くというのですか」
「…うん。それでも」
宇宙を一目見てみたい。それが俺と相棒の夢だからね、とペンギンは笑った。
ロボットはかれらの思いを非合理なことだと思った。
生物として、自己保存の法則から逸脱している。
けれど、その想いの先に何が起きるのか、見てみたいと思ってしまったのだ。ロボットらしからぬこれまた非合理な考えだと心の中で苦笑した。
「それにですね、結末が決まっているとは限らないのですよ」
ロボットは自分の中に、思いもよらない考えが芽生えていることを、驚きと共に受け止めた。
今のこの世界は、かつてロボットが造られた頃の世界とは違っている。魔法にせよ、ドラゴンにせよ、ロボットの持っている古代の科学知識では説明のつかない事象が次々と発生しているのがその証拠だ。
だから―
「案外あの方たちならば、宇宙でもうまいことやっていくかもしれませんよ、タヌキさん」
ロボットはほほえんだ。
ふたりの脳裏からは、星の海を颯爽と駆けていく片翼の竜と、それにまたがったペンギンの姿が、いつまでも消えないのだった。
完
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