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コインランドリー33

コインランドリーには、また、新しい顔が見られる様になって来た。
鷺ノ宮駅の周辺地域に新しく引っ越しして来た人達がこの銭湯♨️とこのコインランドリーを利用するからである。
大学生で引っ越して来た者、大学に入学して上京してくる者、当然社会人もいる。
日本では4月を機に世の中が変わるのである。

僕は昨年部屋に電話を架設したことで、他人とコミュニケーションをとる機会が増えたと思う。
何かのイベントで出会った人達とも電話番号を交換した。
特に学生同士が多かったが、流石に実家暮らしの学生とは電話することは少なかった。
電話は用事がある時だけ使うという使われ方から用事がなくてもダラダラ話す手段に変わりつつある時代に入ったのだろうと感じていた。

僕はサチさんやカナさんとも電話で話す機会が増えていた。

4月に入ってすぐにサチさんから電話があった。

「ハイ、竹脇です。」
「もしもし、サチです!」
「あ、どうもこんばんは。」
「トキくん、新しいバイトやらない?」
「え、どんなバイトですか?」
「家庭教師」
「アー、それは勘弁して下さい。」
「どうして?今度私の勤務する塾で、4月から新しく家庭教師を派遣する事業を始めたの。トキくんなら出来ると思って❕」
「そうなんですか。実は昨年、部の同期の永田くんから頼まれてやったことがあるんです。」
「へー、そうだったの。」
「やんくんという1メートル80センチ以上ある太った大きな中学3年生を担当したんですよ。」
「それで。」
「僕が何人目かの家庭教師だったらしいんですが、この子がとんでもない奴で、3日で首になりました!」
「え〜、そうだったんだ。」
「元プロ野球選手と銀座のママの間に出来た子供らしく、今は母親と二人暮らしなんですよ。立派な一戸建てに住んでいて、僕が行くと中華料理や洋食など晩ご飯に豪華な出前をとってくれるんです。母親は銀座のお店に出勤するため、僕が伺うと出前を頼んで、出て行くんです。僕はそのやんくんと二人で勉強をするわけです。やんくんは小学生の頃から体から大きく、小6で柔道を始めたらしいんです。でも、飽きっぽい性格で中学1年で辞めたそうです。それからぐれ始めたんです。
僕との会話は「先生は童貞?トルコ行ったことある?」って最初から舐められてました。
一応、教科書や問題集で英語と国語と苦手な数学も教えることになっていたのですが結局まともに教えることもなく、やんくんの話し相手になってましたが、やんくんが先生がかわいそうだから、家庭教師は要らないと母親に言ったので、3回目で首を宣告されたんですよ!」
「ははは、そんなことがあったんだ!」
「それと塾の国語の講師の試験も受けたけど、落ちました!」
「そうだったんだ。それなら、やはりダメだよね。」
「他を当たって下さい!」

電話を切った僕は今年からもっと安定した収入と賄いがついた飲食店でバイトをしようと決めていた。
引っ越しのバイトは土日に不定期でやっていたが、平日に週3日くらいのバイトをやろうと決めていた。

翌日から高田馬場駅から早稲田大学までの早稲田通りをキョロキョロしながら歩き、募集広告が貼ってある飲食店を探していった。

数件見つけたのだが、ある日、その中で昨年新歓コンパを二階の座敷でやったお店に募集広告が貼ってあったので、直感的に入ろうと決めて、お店の引き戸を開けた。

「すみません。」
「ハ〜イ」
奥の方から男性の声がした。
「バイトの募集広告を見たんですけど!」
奥の厨房から、白い前掛けをした男性が出てきた。
「ああ、学生さん?」
「ハイ、そうです。」
「そう。そこに座って!」
僕は指されたテーブルの椅子を引いて座った。
「店長の越川です。」
「あ、早稲田大学2年生の竹脇です。」
と名乗った。
「そう。早稲田の学生さんね。バイト希望なの?」
「そうです。表の張り紙を見ました。」
「そう。履歴書とか持って来てる?」
「いや、今、思い立って入って来たので、用意してません。」
「いいよ。いいよ。早稲田の学生さんなら、うちもこれまで何人もバイトしてもらってるからね。」
「そうですか。」
「いつから来れる?」
「すぐにでも来れます。」
「週どのくらい入れるかな?」
「3日くらいと考えてますが、場合によっては4日でも。」
「そう、それなら早く来て欲しいなあ。」
「わかりました。平日だけでも大丈夫ですか?」
「大丈夫だけど。どうして?」
「僕は部活動で月曜日から土曜日まで練習があります。練習が終わってからだと19時くらいから入れますが、土日は引っ越しのバイトが入ったり、部活動の行事があるので、平日にバイトをさせてもらいたいと考えてます。」
「そう。それでも大丈夫だよ。部活動って何やってるの?」
「少林寺拳法部です。」
「ああ、少林寺さんね。うちもよくコンパで使ってもらうね。」
「ハイ、昨年の新歓コンパはここでお世話になりました。」
「そうか。そうだったね。ちょっと待ってね。シフト表取って来るから」
と言って店長は席を立って厨房の方に行ってシフト表を持って来た。

「今ね。早稲田の理工学部の4年生が一人いてさ、今年は就職活動と卒業研究で忙しいと言ってたので、アルバイトを募集したの。青山くんという学生だけど、彼が土日に入っているから、来週の月曜日から来れるかなあ?」
「ハイ、大丈夫です。」
「じゃ、その時に履歴書を持ってきて。」
「ハイ、わかりました。」
「最初は厨房で皿洗いからやってもらうよ。慣れてきたら、フロアと兼務でやってもらうから。時給は580円からスタートね。頑張ってくれると時給は少しずつだけど、上げるからね。」
「わかりました。よろしくお願いします。」
「それじゃ、よろしく。」

僕は一礼して、早稲田通りに出た。
その店の名は「ニュー鳥美喜」だった。鳥が美しく喜ぶと書いて「とりみき」と読んだ。
あっさりとバイトが決まり、早稲田通りを大学に向かって歩きながら、また、新しいチャレンジだと自分を奮い立たせた。

土日にカーゴエクスプレスで引っ越しのバイトをやり、翌日の月曜日に練習を終えて、急ぎ足でニュー鳥美喜に向かって行った。

引き戸を開けたら、「いらっしゃいませ。」と威勢の良い掛け声がきこえてきた。
「あの、今日からお世話になるバイトの竹脇です。」
と応対してくれた女性に話しかけた。
女性は「ああ、そうなのね。」
と言って「店長〜。新しいバイトさんよー。」と厨房の店長に大声で叫んだ。
「ハイよ〜」と奥から店長の声がして、店長が前掛けの紐を結び直しながら、フロアに出てきた。
「竹脇くんね。じゃ、三階に行こう!」
僕は店長について三階まで上がり
、店長に履歴書を渡して、店長から白い帽子、白い割烹着、白い前掛けを渡された。
「ここで着替えて降りてきて。ここは住み込みの板前さんの寮になってるの」
「ハイ、わかりました。」
店長はそう言って階下に降りて行った。
僕は早速着替えて、自分が着ていた服を畳んで鞄と一緒に置いて、階下に降りて行った。

「竹脇くんね。佐藤です。」
先程の女性が挨拶してくれた。
「厨房に入ってって、店長が言ってたよ。」
佐藤さんに言われたように、奥の厨房に向かった。
「そこのカウンターの下の扉を押して中に入って!」
と店長から言われて、扉を押して潜るように厨房に入った。

「アルバイトの竹脇くんです。」
と厨房で働く板前さん達に紹介してくれた。
「竹脇です。よろしくお願いします。」
「こちらが板長の山下さん、こちらが煮方の天満屋さん、こちらが焼き方の常世田さん、もう一人が高崎さん、そして洗い場の和田さん。」
と全員を紹介された。
「まずは和田さんから洗い場の仕事を教わって」
と店長は行って、入り口横の焼き鳥の焼き場に出て行った。
僕は和田さんについて、食器や串の洗い方、洗剤の使い方、洗った食器の収める場所などの指導を受けた。

あっと言う間に23時になり、店長から「今日は上がっていいよ」と言われて、皆さんにお先に失礼しますと言って、三階まで上がって着替えた。
先に上がっていた佐藤さんがタバコを一服していた。
「竹脇くん、お疲れ様。これからよろしくね。」
「よろしくお願いします。」
僕はさっさと着替えて、「お先に失礼します!」と佐藤さんに言って階下に降りて、入り口で焼き鳥の炭火を消していた店長にも「お先に失礼します!」
と言って早稲田通りに出た。

ラストオーダーは23時30分らしく、水曜日からは23時半にラストオーダーを聞いて、お店を閉めるところまでやることになっていた。
月、水、木と最終電車には間に合うように働くこととなった。

賄いを頂いていたので、腹が空くことはなく、初めての仕事に少し緊張しながら、初日のバイトを終えた。

高田馬場駅から、23時15分の電車に乗り、鷺ノ宮駅で降りて、コンビニで買い物をして、アパートに着いたのは0時だった。

コンビニで買ったポテチを食べながら、ペプシコーラを飲んだ。

「大人の世界で働くことになった。お客さんもサラリーマンか中心。覚えることは沢山ある。板前さん、フロアのパートのおばさん達、名前と顔をしっかり覚えないと。また、明後日頑張ってやろう!」と一人思いながら、今日一日を振り返った。

続く

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