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コインランドリー38

いつものコインランドリーで洗濯が終わるのを待っていた。

大学生活も2年目に入り、何も不満はないのだけれど、何か焦燥感を感じていた。
21歳の誕生日を迎えて、大学の後期授業も始まっていた。
『僕は成長してるのだろうか?」と思いながら、コインランドリーで過ごしていた。

ふと、前期の始まりに起こった事件を思い出した。

ニュー鳥美喜に新しいバイトがはいってきた。
早苗ちゃんという新入生である。早稲田大学社会科学部に入学した山梨県出身の女の子である。
ショートヘアの女の子で淡々とした感じだった。僕がシフトに入っていた時だったので、大学生活について聞かれた。
『竹脇さんですね。私、清水早苗です。よろしくお願いします。サークルは何をやってるんですか?」
『あ、僕は少林寺拳法部だよ!」
『少林寺拳法?それは空手とは違うのですか?」
『似てるとこもあるけど、関節技なんかもあるんだよ。早苗ちゃんは空手をやりたいの?」
『まだ、決めてはいないけど空手のサークルをいくつか見たんです!」
「そうなんだ。まあ、色々見てから決めるといいよ」
「ハイ、そうします。」
こんな会話を交わしたと思う。
彼女とは何回か同じシフトでゴールデンウィークまで過ごした。
彼女が僕に電話番号を聞いて来た時があり、まあいいかと思い、教えていた。

そんなことも忘れていた5月の月末の土曜日の夜に知らない男性から電話がかかってきた。
「私、早稲田大学剛柔流空手会の鈴木と申します。清水早苗さんはご存知ですよね!」
清水早苗?と一瞬誰かわからなかった。
「早苗さんが竹脇さんのアパートに連れて行って欲しいとおっしゃってるのです。」
「え、どういうことですか?」
「新歓コンパで酔い潰れて、今、西武新宿線の高田馬場駅なんですが、竹脇先輩に電話して欲しいと手帳を見せられて、電話した次第です。」
「え、なんでですかね?」
「バイト先の先輩で、親しいと!」
「え、親しくなんかないですよ!」
「彼女は酔い潰れており、先輩のアパートに連れて行って欲しいと言ってるのです。」
「ちょっと、待って下さい。彼女のアパートに連れて行けばいいじゃないですか?」
「彼女は自分のアパートはわからないと言うので困ってます。」
「鈴木さんでしたっけ?今はお二人ですか?」
「ハイ、そうなんです。困ってます。」
「わかりました。西武新宿線の鷺ノ宮駅まで連れて来て下さい。迎えに行きますから。」
「わかりました。助かります。」
そう言って電話は切られた。
僕は困った奴らやなあと思いながらも、服を着替えて、鷺ノ宮の駅に向かってアパートを出たのである。

鷺ノ宮駅に着き、15分程したら、男子学生の肩に捕まり、足元が覚束ない早苗ちゃんが改札に現れた。

彼女を見ると何故か詰襟の学生服を着ていた。

「鈴木さん、竹脇です。」
僕は鈴木さんに声をかけた。
「あ、竹脇さんですか?すみませんが、早苗ちゃんをよろしくお願いします。」
と言って彼は私に早苗ちゃんを手渡したのだ。
「早苗ちゃん、しっかりしろよ!」
彼女は僕を見るなり、笑顔を見せた。
鈴木さんから受け取った早苗ちゃんの腕を肩に回して、アパートに向かって歩いた。
「竹脇さーん、すみません!」
早苗ちゃんはヨタヨタしながら、歩いた。
面倒くさかったので、僕は早苗ちゃんをおぶることにした。
「早苗ちゃん、僕の背中に乗ってくれ。おんぶするから。」
そう言って彼女を背負ってアパートまで歩くことにした。
彼女は意外と軽かった。
10分程でアパートに着き、鍵を開けて
彼女を玄関に下ろした。
ドアに寄り掛かったまま寝ようとしたので、一旦そのままにして、僕は布団を敷いた。
彼女を抱っこして布団に寝かした。

このまま寝ると学生服がシワになり、寝辛いだろうと思い、彼女を起こして、学生服とためらったが、学生ズボンも脱がせた。
彼女はそのまま布団に倒れるようにして、寝息を立てて眠ってしまったのだ。
僕のアパートには布団は一組しかなかったので、僕は仕方なく彼女の隣に横になった。
「なんで僕なのか?」と思いながら、天井を見上げていたら、彼女が突然起きて、「気持ち悪い〜。」と言いながら口元に手をあてたので、僕は慌てて彼女を抱えて、トイレに連れて行った。
彼女は便器を抱えて吐いた。
ドアを開けたまま、彼女がゲロを吐き終わったと思われるタイミングで声をかけた。
「早苗ちゃん、大丈夫か?」
彼女は振り向いてうんと頷いた。
彼女を抱き起こし、台所で水を飲ませた。
彼女はなんとか立ち上がって、布団のところまで歩き、布団に女の子座りでペタンと座った。
「すみません。竹脇さん。もう大丈夫です。」
そう言って酔っ払って座った眼で僕を見つめた。
彼女を見つめながら、僕は彼女に「もう、おやすみ。また、気持ち悪くなるよ!」と言って彼女を僕の布団に寝かせた。
彼女は横になりながら、僕の手を握った。
「竹脇さん、一緒に寝てください。」
「ああ、わかった。」
そう言って彼女の隣に寝た。
彼女は天井を眺めながら、「私、寂しかったんです。空手のサークルでは女子は私一人だったので、私は男の子のつもりで学生服を鈴木君に借りて、今日の新歓コンパに参加したんです。」
そう言って少し沈黙があった。
「鈴木君は同級生なの?」
「そうです。彼は優しい子なんです。でも、実家なので家には連れて行けないというので、竹脇さんに電話してもらったんですよ。」
「そうなんだ。でも、びっくりしたよ。」
「すみません。こっちに知り合いはいなくて。竹脇さんしか思いつかなくて…。」
「ああ、まあ僕も1年の頃は同じ立場だったから、わかるよ。」
「ありがとう。でも迎えに来てくれて嬉しかったです。」
「いや、まあ、鈴木君が必死に電話して来たのがわかったから。」
「ごめんなさい。」
早苗ちゃんはそう言って僕の手をギュッと握った。
そして僕の胸に顔を寄せて来た。
僕はどうしていいかわからなくなり、そのまま彼女を抱きしめた。
しばらくそうしていたら、彼女が顔を上げて僕を見つめて来た。
「私は男の子になりたかったんですよ。髪もいつもショートカットでしたし、早く山梨の実家を出て、誰も知らないところで一人で暮らしたかったんです。男の子は自由でいいなあといつも思っていたんです。」
そう言って僕の手を彼女の小さな胸に運んだ。
え、と思った僕の手をノーブラのT シャツの胸に置いた。
掌は彼女の乳首を感じた。
やっぱり、女の子の胸だった。
彼女は僕の掌を胸に当てた後に、今度は股間に誘った。
あ、と思ったが、白いパンティの上に僕の掌は置かれた。
「私は女の子でしょ。小さい胸だけど、股間にはチンチンはありません。本当はチンチンが欲しかった…」
僕は何と答えたらいいのか戸惑いながら彼女の言動に耳を澄ましていた。
「あ〜あ。男の子に生まれたかった!」
そんな彼女の嘆きに僕は答えられずに黙っていた。
そして彼女は僕にくっついて眠ってしまった。
僕はそんな彼女の髪を撫でながら、彼女の寝息を聴いていた。
妙に目が冴えて、眠れなかったが知らないうちにうとうとして、朝を迎えていた。
彼女が先に目覚め、僕はぼんやりしながら、彼女が学生服に着替えて、アパートを出て行く姿を見ていたようだ。
そのまま、僕は眠りにつき、昼前に目覚めた。

それから、早苗ちゃんはバイト先を夏休みの前に辞めた。
その後は彼女をキャンパスでも見かけていない。

そんなことを思い出しながら、ぼうっとしているとコインランドリーは洗濯を終えて止まった。

洗濯物を取り出して、僕はアパートに向かって歩いた。

川縁を歩きながら、なんか妙に寂しさが襲って来たのだった。

続く

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