見出し画像

コインランドリー35

新学期が始まり、新歓でキャンパスも新入生で溢れかえっている。
早稲田大学は沢山のサークルがあり、他の大学からもインカレサークルに入りたい学生が訪れるので、更に人が増える。
土曜日は特にキャンパスは若い熱気でむせかえるようだ。

昨年、僕は入学式の後に少林寺拳法部に入部を決めたので、どんなサークルがあるのかはほとんど見なかった。今年は勧誘する立場になり、出店で複数の同期とシフトを組んで対応していた。暇な時間にキャンパスを廻り、他のサークルの出店を見て回った。
いろんな格好をして勧誘する学生達。
僕もまた、声をかけられ勧誘を受けた。

そんな中で、僕は早稲田大学書道会の看板に惹かれて、出店に立ち寄った。
「いらっしゃい。新入生ですか?」
「いや、2年なんですが…。」
「2年からでも入会は可能ですよ。」
「あ、そうですか。入会したら1年扱いなんですか?」
「いや、うちは2年は2年扱いで、2年生と同じ扱いですよ。どうして?」
「実は僕は少林寺拳法部に入っているんですが、書道にも興味があるので、入会を考えているんです。」
「少林寺拳法部ですか。凄そうですね。書道の経験は?」
「小学校の時に書道教室に通ったくらいです。そんな初心者でも入れますか?」
「もちろんです。是非、公開稽古に参加してください。」
と言われて、チラシを渡された。
僕はそのチラシを見て、その場で参加を申し込んだ。
しばらく、書道会の同級生にあたる2年生と話した後に、少林寺拳法部の出店に戻った。

書道会の事は同期には内緒にしておいた。
掛け持ちをする事は特に禁止ではなかったので、翌週の公開稽古会に参加した。

広い畳の部屋に通され、稽古の風景を見学させて貰った。
おおきな下敷きに長い半紙を置いて、先生の書かれた手本に沿って臨書をしていた。
見事に書き上げる姿に感動して見ていた。

説明役の2年生の岡田君から、活動概要を伺い、仮入会することにした。
購入するべきものを紙に書いて渡され、新宿のお店を紹介された。
明日の日曜日にでも行ってみることにした。

割とすぐにやったみたい質の僕は必要最低限のものを揃えて、翌週の稽古会に参加した。
岡田君が手本を作成してくれており、その手本に沿って臨書に取り組んだ。
こんな調子で来れる時に最低週2回以上稽古に参加すれば良いようだ。
稽古は毎日行われており、先輩が指導する。また、月に数回は顧問の先生が指導に来られるようだった。

僕は普段身体を動かし、声を上げて筋トレをする少林寺拳法部とは違い、静かに半紙に向かい合い、筆を動かすこのような時間も必要だと感じた。
4月末の新入会員歓迎会までは…。

少林寺拳法部の活動、焼き鳥屋のアルバイト、そして土日の引っ越しのアルバイト。
そんな中で書道会を掛け持つのはやはり無理があるのではと思ったが、まずは新歓コンパに参加した。

やはり明らかに人種が違っており、コンパも女の子が多く、男性も静かな雰囲気だった。
自己紹介で少林寺拳法部に所属していることも明かし、一発芸もやったが、受けなかった。
ちょっと下ネタ過ぎて、引かれてしまった。
そんな雰囲気はやはり少林寺拳法部と違うため、一人で酒をどんどん呑んでしまい、酔い潰れてしまったのだ。

散会になり、岡田君が心配して僕を自分のアパートに泊めてくれた。彼は早稲田大学近くに住んでおり、翌朝目覚めたら、彼が横に眠っていた。
僕は彼にお礼を言って、身支度をして自分のアパートに戻るべく、高田馬場駅に向かって歩いていた。
「また、やってしまった」と反省モードしきりだった。

日曜日は二日酔いで過ごし、月曜日に書道会の部室を訪ねたら、岡田君がいた。
「土曜日はご迷惑おかけしました。すみません。」
「いや、竹脇君は流石に武道系なので、みんな驚いていたよ。むしろ感激してた。」
「感激って?」
「うちにいないタイプだから、ぜひ続けてほしいと。」
「続けたいけど、やはり夏合宿があることも前回説明を受けたけど、経済的にも時間的にも継続は難しいのではと考えているんだよ。」
「そうなの?掛け持ちは難しいですかね?」
「うん、岡田君のような素晴らしい文字が書けるようになりたいし、本格的に書道を学びたいけれど、どっちつかずで、書道会にも迷惑を懸けると思うので、仮入会の段階で、正式入会は辞退しようと思います。」
「そうか、残念だね。でも、せっかく下敷きと辞書を購入したんだから、書道は続けてくださいね。」
「うん、ありがとう。岡田君の書いてくれた手本を見て、アパートで書いてみるよ。岡田君は頑張って書道展で入賞してくださいね。」
「ありがとう。また、キャンパスで会ったら声かけて下さいね。」
そう二人は言葉を交わした。

僕は書道会の部室を出て、少林寺拳法部の部室に向かって歩いた。
僕のたった1ヶ月の幻の書道会は終わりを告げた。

「なんでもやりたがる事は悪いことではないけど、手を広げてしまって継続できない、成果を上げられないのはやはり意味がないことだ。やるんだったら、きっちりと継続出来る環境を作らないとなあ!」とひとりごちて、少林寺拳法部の部室の扉を開けた。

続く

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?