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感情のクセ/Thinking about...
人の感情には個性がある。喜怒哀楽という言葉があるけれど、誰もがそれぞれを25%ずつ持っているわけではない。
私はずっと「怒」が少ない人間だなという自覚がある。「怒」より「哀」が多い。怒ることもできる場面で怒るより先に哀しんでしまう。怒りは外に向けるもの、哀しみは内に向けるもの。きっと、自分の怒りの感情をもって誰かとコミュニケーションをとることは大変しんどく、人見知りの私は自己処理をするほうが楽なのだろう、なんて昔分析していたような気がする。
別に平和主義とか、波風立てることが苦手とか、空気を読むタイプというわけでもない。でも、自分と他者が同じ価値観を持っているとは限らないから、怒りという主張をぶつけるのが怖いのかもしれない。
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というように、自分の感情のクセについて注目しておくと、文章を書くうえでのとっかかりが生まれると思う。すべての感情は等しく素晴らしいもので、怒りっぽいのが悪いとかいつもニコニコしてるのが偉いとかいうことはないはずだ。
ただ感情の偏りは個性をつくる。目が大きいとか髪が黒いとか親指が長いとかそういったものと似ている。
自分のチャームに気づくことは大切だと思う。以前メイクアップアーティストの吉川康雄さんに取材をしたとき、「スーパーモデルは普通の美人ではなく、突出した個性があるから誰にも似ていない美しさを作り出せる」とおっしゃっていた。私たちはつい、これが正しいとか、これが美しさの基準だとか、そういったものを決めたがり、そこへ自分を近づけたがるけれども、その行為は個性を消す危険性もはらんでいるということなんですよね。
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