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きみは僕の正しい光 26


 私が那由多を、傷つけた。


 立ち上がり、そのまま私の顔を見ずに、とぼとぼと歩いていく那由多の背中を最後に見た、それだけは覚えてる。

 そのあと自分がどうやって家に帰ったのか、無事に那由多がひとりで家に帰ったのかはわからない。

 翌日から、私は何もなかったように元通り大学に通い、教授に頭を下げてレポートを提出したけれど、同じゼミの中にいた理加と話すことはもうなくて、目が合うことももう、なくて。

 そんな一連の日々が音のないロードムービーのように流れ、花屋を通りすがり、図書館の前に来ても、那由多がいたのだろうけれど、目にすることはなくなって。

 結論から言うと、そう。

 あの日、私に傷つけられて背中を丸めて歩く後ろ姿。

 それが私が見た那由多の最期の姿になった。

 那由多が死んだ。


「…まだ若かったのに…」
「いつも笑っていて」
「誰にでもやさしかったわ」

「どうしてあんなにいい子が」


 轢死だった。

 花屋の前の道路で、母親が目を離した隙に赤信号を渡った男の子をかばって、道路に飛び出したんだそうだ。


 お葬式には那由多の家族や花屋のおばさん、図書館の館長さんを含め多くの人が参列し、みんなが一様に涙を流し、彼の死を悼んだ。少し前まで私の隣で知恵ちゃん、と笑っていた那由多は、もういない。

 祭壇の周りにたむけられた花や、遺影の中でも笑っている那由多を見ても、実感が湧かず。

 焼香をあげても、棺の中、安らかに目を閉じて眠る那由多の顔を見ても、私だけがただひとり、ただ呆然と、涙一つ流すこともなく、ひっそりと呼吸をしていた。


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