記事一覧

【第5話】フーガ

「ところで漫画はどう?売れてるの?」とカシマが言った。 「まあ、なんとか食べてはいけてる」と僕は言った。 店内はさっきよりも混み始めていた。 僕はコーヒーの残りを…

Emma
15時間前
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【第4話】フーガ

僕が芹香の高熱と彼女の漫画の話をしたら、カシマは手を叩いて笑った。僕にとっては日常のよくある出来事に過ぎないことでも、カシマにとっては、おかしくてたまらないらし…

Emma
15時間前

【第3話】フーガ

寡黙な毎日ではあるけれど、孤独ではない。僕は今までそう信じて生きてきた。 机の前に座ってパソコンを立ち上げると、「電気グルーブ」のアルバムを流す。飲みさしのコー…

Emma
15時間前

【第2話】フーガ

蜂鳥家にとって1975年はとても幸運な年だった。 芹香が生まれたのだ。 蜂鳥家には長い間子どもが出来なかった。 1970年の段階で蜂鳥家は新規の顧客を受け付けてい…

Emma
15時間前
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【第1話】フーガ

(あらすじ) 操は25歳の漫画家。隣の蜂鳥家でおばあさまと暮らしている幼なじみの芹香とのんびり緩慢な日々を過ごしている。 蜂鳥家は名だたる有名人やVIPを顧客として抱…

Emma
15時間前
2

ハトの応援

日曜日、午前4時30分。 起きるとすぐにベランダを目視にて確認。本人に気づかれないようにカーテンの隙間からこっそり様子をうかがう。飼い猫もいつもと違う主の気配を…

Emma
6日前
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闇を照らす栗まんじゅう

今朝、道を歩いていると歩道に落ちているゴミをチェック中のカラスと目が合いました。 とてもガタイがいいカラスで、私の身長の8分の1くらいでしょうか。 コンビニのレジ…

Emma
12日前
3

雲の裏地

久しぶりの高熱にうなされながら、部屋を彷徨い歩いていると、足が柔らかなものに当たりました。 もうろうとした頭で下を見ると、そこには心配そうな飼い猫の姿。 40度…

Emma
3週間前
1

鏡よ鏡

20年間を共に過ごしてきた雨傘が、今日その命を終えました。 何の気なしに、とんっと足下を突いた拍子に傘の先端(石突という名前をさっき初めて知りました)と生地をつ…

Emma
1か月前
3

風と共に去りぬ

十代の頃、「フリッパーズ・ギター」が大好きでした。 その中でもとりわけよく聴いていたのが「Singles」というアルバムでした。 アルバムの内容もさることながら、私がと…

Emma
1か月前
2

晴れの日は

目薬ばかりさしています。 ハードコンタクトレンズを着けているのですが もともとのドライアイの症状が、年々ひどくなっているようでして、目薬が手放せない・・・、そんな…

Emma
1か月前
3

noteをノート代わりに

昔からなんでも紙に書いてみないと気がすまない性格でした。 文章を書くのがとても好きでした。 子どもの頃から、友達と話しているなかで会話に出てきた初めて聞く単語や…

Emma
1か月前
3

罪悪感の正体

自分が20歳だった頃、職場にいる40歳から50歳くらいの年代の人たちは、皆堂々としていて、はるか彼方を歩いていく自信に満ちあふれた大人に見えました。 ちょうどその世代…

Emma
1か月前
3

わけもなくはないけれど会社へ行きたくないとき

そそくさと乗り込んだエレベーターが1階へ到着した瞬間、 「ああ!」と思わず声が出ていました。 外は雲ひとつない晴天。今日の降水確率は0%。文句なしの快晴。 私の手…

Emma
1か月前
3

アンガー・マネジメント

最近職場で頭にくること、ありましたか? 私も若い頃は、しょっちゅう怒ってばかりいました。 仕事だけに限らず。 でもたまに思い出しては、恥ずかしさのあまり、シャンプ…

Emma
1か月前
9

自分を半分空けておくということ

「いっぱい・いっぱいになってしまった・・・」 去年1年間で562回くらいは言ったような気がします。 さっき数えてみました。 上司や同僚、まだ名前が覚えられないけれど、…

Emma
1か月前
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【第5話】フーガ

【第5話】フーガ

「ところで漫画はどう?売れてるの?」とカシマが言った。
「まあ、なんとか食べてはいけてる」と僕は言った。
店内はさっきよりも混み始めていた。
僕はコーヒーの残りを飲んでしまうと、またなんとなくメニューを開いてドリンクやホットケーキの写真を眺めた。
「描くのって、やっぱり愉しいもの?」とカシマが言った。
「うーん」僕はフルーツサンドの写真を見ながらちょっと考えた。「まあ、結局は愉しいんだろうね。なん

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【第4話】フーガ

【第4話】フーガ

僕が芹香の高熱と彼女の漫画の話をしたら、カシマは手を叩いて笑った。僕にとっては日常のよくある出来事に過ぎないことでも、カシマにとっては、おかしくてたまらないらしかった。
彼女は待ち合わせに20分ほど遅れてやってきた。僕を見つけると、笑って手を振ってから、すぐ「ごめん」というように手を合わせた。

カシマと最後に会ったのは2年前。相変わらず高校生の時の見た目と全然変わっていなかった。肩まである黒くて

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【第3話】フーガ

【第3話】フーガ

寡黙な毎日ではあるけれど、孤独ではない。僕は今までそう信じて生きてきた。

机の前に座ってパソコンを立ち上げると、「電気グルーブ」のアルバムを流す。飲みさしのコーヒーが入ったマグカップに、新しいペットボトルのブラックコーヒーをつぎ足した。コーヒーが机にこぼれた。「虹」が始まった。僕の大好きな曲だ。

近所のパン屋で買ってきたツナ・サンドイッチを食べながら、下描きにとりかかる。そう、締め切りはとうに

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【第2話】フーガ

【第2話】フーガ

蜂鳥家にとって1975年はとても幸運な年だった。
芹香が生まれたのだ。
蜂鳥家には長い間子どもが出来なかった。
1970年の段階で蜂鳥家は新規の顧客を受け付けていない。たとえ誰からの紹介であろうと。さっきやって来たレクサスの客は、古くからの信者ということになる。
顧客たちはこの家をひそかに「鳥かご」と呼んで大事にしてきた。

おばあさまは「見立て」を自分の代で終わりにすることをかなり以前から公言し

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【第1話】フーガ

【第1話】フーガ

(あらすじ)

操は25歳の漫画家。隣の蜂鳥家でおばあさまと暮らしている幼なじみの芹香とのんびり緩慢な日々を過ごしている。
蜂鳥家は名だたる有名人やVIPを顧客として抱える神がかりの家だ。毎日ひそかに要人たちが家を訪れる。芹香はこの家の後継者として育てられてきた。
ある日、操と芹香の共通の親友で、高校時代のクラスメイト鹿島ナリコから操の家に電話がかかってくる。操は、寝込んでいる芹香をおいて一人で彼

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ハトの応援

ハトの応援

日曜日、午前4時30分。
起きるとすぐにベランダを目視にて確認。本人に気づかれないようにカーテンの隙間からこっそり様子をうかがう。飼い猫もいつもと違う主の気配を察知したのか、足下にやってきました。
今朝もいる。
成人?らしき一羽のハトが、エアコンの室外機の上でスタンバイしていました。
私が陰から見ているのにも気づかないで、室外機の上でどっしり落ち着いているハト。さあ、いつでもどうぞ。

ある早朝の

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闇を照らす栗まんじゅう

闇を照らす栗まんじゅう

今朝、道を歩いていると歩道に落ちているゴミをチェック中のカラスと目が合いました。
とてもガタイがいいカラスで、私の身長の8分の1くらいでしょうか。
コンビニのレジ袋にぱんぱんに詰め込まれたカップラーメンの容器や菓子パンの袋なんかをくちばしでせっせと、一つずつレジ袋から取り出していました。
くちばしだけで軽々と中の物を出していくその様子に思わず見とれてしまって、足を止めて見物していると(暇なんですね

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雲の裏地

雲の裏地

久しぶりの高熱にうなされながら、部屋を彷徨い歩いていると、足が柔らかなものに当たりました。
もうろうとした頭で下を見ると、そこには心配そうな飼い猫の姿。

40度近い熱のせいで、猫が縦になってるのか私が横になっているのか、定かではありませんでしたが、いつもの癖でとりあえず抱きしめてミルクティー色の毛皮に鼻をうずめます。
匂いがしない。
「もはや、これまで」とベッドにダイブ・イン。眠れないまま朝を迎

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鏡よ鏡

鏡よ鏡

20年間を共に過ごしてきた雨傘が、今日その命を終えました。
何の気なしに、とんっと足下を突いた拍子に傘の先端(石突という名前をさっき初めて知りました)と生地をつないでいる部品が外れてしまったようです。
それは、ネイビー・ブルーのミッフィーの雨傘で20年前、ある大切な人から、誕生日にプレゼントしてもらったものでした。

意外にも、というと傘に怒られるかもしれませんが、とても丈夫でちょっとぶつけてもび

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風と共に去りぬ

風と共に去りぬ

十代の頃、「フリッパーズ・ギター」が大好きでした。
その中でもとりわけよく聴いていたのが「Singles」というアルバムでした。
アルバムの内容もさることながら、私がとても好きなのがそのジャケットです。
水色の背景に外国人の女の子が丈の短いショッキングピンクのネグリジェを着て本を眺めている。
そのジャケットを初めて見た私は、水色とピンク色という「あっち側とこっち側」同士のカラーの取り合わせに、衝撃

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晴れの日は

晴れの日は

目薬ばかりさしています。
ハードコンタクトレンズを着けているのですが
もともとのドライアイの症状が、年々ひどくなっているようでして、目薬が手放せない・・・、そんな体になってしまいました。
涙に近いという人工涙液タイプを使っていますが、これ、良いですね。大好きです。ストックは切らしません。
私の大切な目薬は、シャンプーやボディソープのストックを置いてある棚に一緒に並べてありまして、ごそごそと狭い棚に

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noteをノート代わりに

noteをノート代わりに

昔からなんでも紙に書いてみないと気がすまない性格でした。
文章を書くのがとても好きでした。

子どもの頃から、友達と話しているなかで会話に出てきた初めて聞く単語や、好きな言葉、相手独特の言い回しやなんかを忘れないうちに指でササッと空に書いてみる。その後の授業中にノートの隅っこに書いて確かめる。なにか違うような気がする。でもどこが違うのかわからない。
話をしている間、友達は明らかに怪訝な顔をしている

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罪悪感の正体

罪悪感の正体

自分が20歳だった頃、職場にいる40歳から50歳くらいの年代の人たちは、皆堂々としていて、はるか彼方を歩いていく自信に満ちあふれた大人に見えました。

ちょうどその世代を通り過ぎようとしている今、14歳の頃からほとんど変わっていない自分に気づくたび、愕然とし、また可笑しくなる時があります。
同じくらいの年齢で、この記事を読んでくださっている皆さんはどうですか?

変わっていないとは言ったものの、い

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わけもなくはないけれど会社へ行きたくないとき

わけもなくはないけれど会社へ行きたくないとき

そそくさと乗り込んだエレベーターが1階へ到着した瞬間、
「ああ!」と思わず声が出ていました。
外は雲ひとつない晴天。今日の降水確率は0%。文句なしの快晴。
私の手には長い雨傘。
なんということでしょう。
でもまだアパートの敷地内。すぐに部屋に戻って置いてくればいいだけのこと。
なんでもないこと。
だけど私は知っています。こういう日は職場でもぼんやりしてポンコツなことをする可能性が高いことを。経験は

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アンガー・マネジメント

アンガー・マネジメント

最近職場で頭にくること、ありましたか?

私も若い頃は、しょっちゅう怒ってばかりいました。
仕事だけに限らず。
でもたまに思い出しては、恥ずかしさのあまり、シャンプーしながらドラえもんに出てくるオシシ仮面のように「グエーッ」と断末魔の叫びをあげたりしています。飼い猫が心配そうに覗きに来ますね。

今では、あまり怒ったり、いらいらしたりすることはほとんどなくなりました。
それは、腹を立てたあとに、し

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自分を半分空けておくということ

自分を半分空けておくということ

「いっぱい・いっぱいになってしまった・・・」
去年1年間で562回くらいは言ったような気がします。
さっき数えてみました。

上司や同僚、まだ名前が覚えられないけれど、スーツの着こなし的におそらく偉いであろう人など、職場にはある一定の時間、多くの他人たちが集まります。
自分に割り当てられた業務と役割をこなしながら、彼らと大なり小なりコミュニケーションをとっていく。
とんでもない神業です。

新社会

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