ほそぼそと生きてます 後悔をなんとか処理しているnote

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最近の記事

きっと、夜が明けるように

かつて、世界は平和だったという。 花の都、鮮やかな文明、透き通る空。 子どもの歌も、ささやかな風の音も、誰かの笑い声も。 穏やかで優しい日常が、この世界にはあったという。 * 辺り一面は燃え盛る瓦礫の山だった。 黒煙が立ち上り、叫び声ばかりが聞こえてくる。 「ありがとう」 ──いま、なんて? わたしの腕の中で温もりを失っていくその子は、笑っていた。 「助けてくれて、ありがとう」 ──助けてなどいない。 その証に、今だって息をするので精一杯じゃないか。小さな胸を上

    • 2022年、夏

      「あと二年遅く産まれとったらなぁ」 太陽が沈みかけた頃、山田が呟いた。 町田はしばらく黙っていたが、そうだなと小さく答えた。 大観衆のアルプススタンド。楽器の音が木霊して、拍手がわき起こる。 声を出しての応援は禁止、と再三アナウンスが流れるものの、感嘆の声は誰も抑えられないでいる。 真夏の阪神甲子園球場。 すべての高校球児が夢見る舞台。 大学二年生になった二人は、やっと自分の目でこの夏の戦いを見る勇気が出たのだ。 今日は母校の試合。バックネット裏上段の席から、白球を目

      • ごみ箱には神がいる

        「帰らないの?」 美術室の大きな窓からは西日が差し込んで、僕の手をオレンジ色に染めている。いつの間にか下校時刻になっていたようだった。 声を掛けてくれた相手に礼を言おうとして、はたと気付く。 ここには僕しかいないはずだ。 固まりかけた体をなんとか捻って、声のした方を振り返る。 彼はゴミ箱に腰掛けていた。 「誰?」 「神だよ」 無邪気なその笑顔に見覚えはない。制服を着ているので別のクラスの子だろうか。 ていうか神って。 思春期特有のアレかなと受け流すことにした。 「

        • 心を配るひと

          「馬鹿だね」 「君も大概さ」 そう笑って私の手を取るあなた。 その手の温かさが好きだった。 重いものを運んだり、ペンを握ったり、子どもを抱き上げたり。 たくさんのものに触れてきたその手は、幸せを分け与える不思議な手。 人が大好きなあなた。動物が大好きなあなた。自然が、世界が大好きなあなた。 神から授かった祝福を、あなたは惜しげも無く誰かに分け与えてしまう。 温かな手は、まるで枯れ木のように細くなってしまった。 「私ばかり…」 「そんなこと言わないで。笑う君が見たかったのだ

        きっと、夜が明けるように

          夜行

          わたしにはゆうれいがついている。 だけどこわくないの。 「メル」 わたしをよぶ声がやさしいから。 「今日はさむいね」 ふれられなくても、わたしをだきしめてくれるから。 「ねえ、あなた」 わたしはゆうれいの名前をしらない。 「あなたはだぁれ?」 「ひみつ」 ゆうれいはいつも教えてくれないのだ。 でもわたし、しっているの。 わたしをよぶやさしい声も、だきしめるときにそっとせなかをなでてくれるのも、ぜんぶ同じだから。 「ひみつよ」 それでもわたしは気づかないふりをする。気づいてしま

          夜行

          違法の冷蔵庫

          「冷蔵庫?」 いくつかの盗難品の中に鎮座するそれは大型冷蔵庫だった。 「新入りは今回が初めてか」 冷蔵庫を交番に持ち帰った上司が呑気に笑う。 「常習なんだよ」 一体どうやって、なぜ、こんなものを盗むのか。こいつは170cmの俺より背が高い。 扉を開けてみる。コンセントは抜かれているのでぬるい空気がふわりと揺れた。 思わず絶句した俺を押し退けて上司が中身を覗く。 「牛カルビか」 るんるんでパックを鷲掴む上司。 持ち帰る気か? 面倒は御免なので見て見ぬふりをすることにした。 「

          違法の冷蔵庫

          日常のツナ缶

          お腹空いた。 そう思いながら退勤したはずなのに、いざ帰宅するとそうでもない気がしてくる。 私の胃腸に時々起こる謎現象。 「冷蔵庫、何もなーし」 バスの運転手みたいに指差し確認。 冷えた空気だけがそこにある。悲しい。 22:30。 コンビニへ行くのもだるい。というかご飯を食べることにやや罪悪感を感じ始める頃合いである。 こんな時の救世主は残り2人。 「猫のエサみたいなにおいがする」 文句を言いながら蓋を引っ張る。 うちのツナ缶は貰い物なのだ。確か去年のお歳暮とかでもらったや

          日常のツナ缶

          プロの神様

          八百万の神。 日本ではありとあらゆるものに神が宿るという。 「分別のないやつが神になったらみんな困るだろ。だからこうして選考試験があるってわけ」 先生はずらりと並んだ僕らを順番に見る。 「これだけは言っておく。例えゴミ箱だろうと何だろうと人と共にあれ」 そうして神様選考試験は始まった。 とはいえ、古くからの神々には到底及ばない僕らは、自分の適性に合った場所へ配属されるいわば派遣社員。 大抵は誰かの持ち物に憑くことが多い。持ち主がいなくなるか物が捨てられれば役目が終わるから

          プロの神様

          父が嫌いだった

          父が死ねば変わると思っていた。もうそれしかないと思っていた。 なのに。 「ああ、……」 声になっているのか怪しいくらいの掠れた音を耳にした時、あまりにも呆気なく栓が抜けた。 * 父は自分勝手な人だった。 気に入らないことがあると、それが私のせいであろうとなかろうと怒鳴りつけられた。 言うことを聞かなかった。 返事が聞こえなかった。 積んであった雑誌が崩れた。 テレビ番組が録画できていなかった。 雨が降った。 父の思い通りにならないことは全て私のせい。私はバカだからダメ

          父が嫌いだった