見出し画像

406.【当尾の里 古寺と石仏の道(後編) ~石仏と浄瑠璃寺~ 2023.5.13】

おなかいっぱい。しあわせいっぱい。
岩船寺を出て、祐実英ちゃんの案内で歩いていくと、「石仏めぐり 浄瑠璃寺まで下り1.5キロ」の看板があり、そこから、道路をはずれて、山道へ。
浄瑠璃寺と岩船寺を結ぶ石仏めぐりは、浄瑠璃寺を起点にすると上りになるので、祐実英ちゃんが岩船寺スタートでプランを立ててくれた。
 
人家もなく、人工のものの何もない、雑多な植物が繁茂する道を下る。
子どものころ、葉っぱや花で遊んだり、駆け回ったことが、自然に思い出される道。
私が幼少期に育ったところは、今はもう様相を変え、道は舗装され、空き地はなくなり、田畑は造成され、住宅が建ち並んでしまったけれど、この地は、何十年も景色が変わっていないのだろうか?
祐実英ちゃんが、マラソンで走った道だという。
 
木立の中に入ると、頭上に鳥の声が響き渡る。姿を見たくて梢を見上げるけれど、見つけられない。
岩船寺で何度も鳴いていたうぐいすも、本物を見たことがない。「うぐいすの姿を見たことがない」と言うと、驚かれたので心外。
 
(みんな、そんなに自然たっぷりなところに住んでいるの?)

セミの羽化も見たことがないし、蝶の羽化も見たことがない。
今年は、早起きしてセミの羽化を見たいと思う。
 
何もない田舎道が続く。
ひとりで歩いていたら、ルートを外れているのではないかと心配だけど、地元民の祐実英ちゃんがいるので、安心して、自然を楽しみながら歩くことができる。
 
看板もちゃんと出ていて、石仏を見落とさないように教えてくれる。
 
最初に遭遇したのは、「ミロクの辻弥勒磨崖仏」と呼ばれているもの。
大きな岩に線刻されていて、着衣のドレープのようなものが、うっすらと感じられる。


 次に出現したのが、「わらい仏」と名付けられた阿弥陀三尊像。
見るほどにユーモラスで、そのおだやかな微笑みに心があたたかくなる。


わらい仏をバックに、みんなで記念写真を撮る。
山道だけど、下り道なので、てくてく進む。

石仏めぐりの道は、昔から変わらぬ景色のままのように思っていたけれど、岩が斜めになっていたり、首まで埋まっている仏像があったり、千年余の年月の中で、地形は大きく変わっている。
かつては、石仏のまわりに草庵や寺院が建ち、手をあわせ、祈り、念仏を唱える人がゆきかっていたとのこと。

唐突に石仏が出現するのではなく、石仏以外のものが、なくなってしまったのだ、ということに思い至る。

幾つかの石仏を経て、竹林の中へ。

巨大なタケノコが、にょきにょき突き出していて、大騒ぎ。
見上げる竹林の気配は、独特で、幻想的だ。

1.5キロの道を経て、やがて、浄瑠璃寺門前へ。
土産物が並ぶ店先は、吉祥天女像が、大小さまざまの大きさでずらりと並んでいる。謎の埴輪が並んでいる。日常使いの焼き物が並んでいる。以前訪れたときと変わらぬ光景で驚く。
なぜ、焼き物が? と不思議だけれど、南山城は、信楽と近くて、よい土がとれるところがあると、以前に教えていただいた。

 到着を待っていたかのように、ポツポツと雨がぱらついてきて、あんなに晴れていたのに、天気予報が当たった。門をくぐるころには、傘が必要なほどになり、庭園をゆっくりと眺める余裕もなく、雨を逃れて本堂へ。

瑠璃寺は、別名、九体寺と呼ばれ、本堂には、九体の阿弥陀如来坐像が安置されている。
(2018年から修復が進められていて、現在、一体が修理中のため不在)

浄瑠璃寺のパンフレットによると、「観無量寿経」にある九品往生の考え(人間の努力や心がけなど、いろいろな条件で九つの往生の段階があるというもの)から、九つの如来をお祀りしたのだという。
本堂には、一体の前に一つずつ、九つの板扉がある。
 
ご本尊として、一体の阿弥陀如来様がお祀りされているだけでも、その静謐な空間の前で、敬虔な気持ちになるのに、それがずらりと本堂に。物言わぬたたずまいが放つ威光……。
仏教のことも、仏像のことも、何もわからない私でも、圧倒的な存在感に動けなくなる。
阿弥陀如来像は、一体ずつ表情も違っていて、それは仏師が違うからだそうだ。
中央に坐し、ひときわ大きい中尊像の前には、座って手を合わせることができる場がある。
ひざまずき、心を鎮めて御尊顔を見上げることを、祐実英ちゃんがみんなに薦めてくれて、それに倣う。
 
8人ひとりひとりが、順番に、中尊像とむきあうひとときを持つ。
静寂のなか、すべてが一体となるような時間。
全員の祈りが終わっても、しばらく誰も動けずにいるような、静かで美しいひととき。
 
中尊の光背は、千体の阿弥陀仏の化物がびっしりと配され、そこに四体の飛天が舞っているもので、そのまたたきに目を奪われる。
 
阿弥陀仏を九体並べて本尊とする九体仏は、藤原道長が建てた無量寿院にはじまり、その時代には三十余列を数えたそうだが、すべてがそろった形で現存するのは、日本で浄瑠璃寺の九体阿弥陀堂のみという、たいへん貴重なもので、九体阿弥陀如来坐象も、九体阿弥陀堂も全て国宝。
四天王像も国宝。堂内すべてが国宝または重文という、超スペシャルな空間。
後述する三重塔も国宝で、浄瑠璃寺は国宝だらけ。
 
千数百年余の歴史を物語り、そこに時代に生きた人の姿に思いを馳せることができる文化遺産を拝観できることに至福を感じる。
 
秘仏とされている、薬師如来像(三重塔内に安置)、吉祥天女像(本堂内に安置)、大日如来像(本堂内に安置)は、御開帳される日が決まっている。この日に御開帳されていたのは、吉祥天女像。
 
『古寺巡礼』で著名な写真家の土門拳氏が、「仏像の中では恐らく日本一の美人」と称えた像だ。
仏像という概念をくつがえす、白い肌、赤いくちびる、ふっくらとした腕、たおやかな指先、美しい衣装、声が聴こえてきそうなおもざし。
その前で、ただただ、素になり、みとれてしまう。
 
***
 
拝観しているときは予備知識もなく、雨が降り出していて、バタバタと庭園内を駆けまわったのだけど、帰宅して調べたところ、すごい庭園だということがわかったので、書いておく。
 
浄瑠璃寺の境内は、平安時代の浄土思想を背景に、極楽浄土を具現化した浄土式庭園になっていて、梵字の「阿」をかたどったと言われている宝池の両端、薬師如来のいらっしゃる三重塔のある東岸が、「浄瑠璃浄土(此岸)」、阿弥陀如来のいらっしゃる本堂が「極楽浄土(彼岸)」を表しているそうだ。
 
彼岸の中日(春分と秋分)には、三重塔から昇った太陽が、本堂九体仏の中央、中尊の後方へ沈むように設計されていて、ちょうど、「現世」から「来世」に、太陽が移動するそうだ。
 
(すごい!)
 
三重塔の側から、宝池と本堂を望み、千体の阿弥陀仏の化物と、四体の飛天が舞う光背の前に坐する中尊の後ろに、太陽が沈んでいく様子を想像して、心の中で歓声をあげてしまう。
 
年に2日だけ、神殿の正面から至聖所に朝日が差し込む、エジプトのアブシンベル神殿のようだ。

池の中島の赤い祠は弁天社。
吉祥天如像の厨子の後壁内面に、弁才天像が描かれているそうだ。

水の神様である弁才天をお詣りするときに雨が降っているのは、近くまで来てくださっている気配を感じて、ありがたく思う。

 浄瑠璃寺の正式な参拝は、はじめに東側の三重塔で、薬師如来に苦悩の救済を願い、次に三重の塔の前で振り返り、池越しに本堂の阿弥陀如来に来迎を願うとのこと。
庭園は、薬師如来の目線と、阿弥陀仏の目線で鑑賞できるそうだ。

雨は小やみになり、三重塔をバックに記念撮影をして、1時間に1本しかないバスで、名残惜しく帰路へ。
まだまだ乗って、おしゃべりしていたいのに、あっというまにJR加茂駅到着。
 
マイカー組、JR組、地元の祐実英ちゃんに分かれて、現地解散となる。
祐実英ちゃんは、この日に東京へ戻るという。
私は、JR組で、宗代さん、ひさこさんと、乗換駅までご一緒していただいた。
 
年齢も、生活している環境も、直面しているあれこれも、やりたいことも、やれないことも、大事にしていることも、みんなそれぞれちがうけれど、すべてを忘れて、世界の中に入っていける。
 
(大人の遠足)
 
コミュニティバス。
青紅葉とあじさいのトンネル。
間近で拝観するありがたい仏像(ほとんどが国宝!)
鐘楼での音浴。
緑に囲まれた中でのちらしずし。
手作りのよもぎ餅。
九体阿弥陀堂の静謐で美しい時間。
池を望み、彼岸と此岸の浄土をむすぶ庭園を往く時間。

いつでも、思い出せる。
みなさん、ありがとう。
 
前編 【当尾の里 古寺と石仏の道(前編) ~岩船寺~ 2023.5.13】 


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?