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307.水瓶座の満月(2)

コーヒーで ゆったりと (1)

ライオンズゲートが閉じるという2022年8月12日は、水瓶座の満月だった。

獅子座の父に起こったこと。
私に起こったこと。
行動したこと。選択したこと。受け取ったこと。

その記録です。ヤマなしオチなし日記。
おそらく3~4回連載予定。

2回目です。

◆帰宅
◆救急車
◆病院着


**************

◆帰宅

帰宅すると、父は元気で、布団に戻ろうとしない。
いつも、デイサービスの迎えを待っている玄関の軒下に置いた椅子で、大好きな庭木を見ているという。

(暑いのに!)

と思ったけれど、父と同じ家屋にいるよりは、少しでも離れていたいと思ったので、好きなようにさせることにした。
帰宅後、すぐに飲ませるようにと言われている薬を飲ませる。

庭木に話しかけているので、様子を見ることに。
話し声がするので、外をのぞくと、ケアマネさんが来てくれていた。

あわてて、抗原検査陽性だと告げて、父から離れてもらう。
こんなに元気なのに、と言いながら、保健所から連絡が入るので、結果を連絡する旨を伝える。
デイサービスはおそらく10日後からとのこと。

元気そうにしているので、家の中に入り、作業をしていたら没頭していて、気づいたら昼前。
水分をとらせないと…… と思い、外に出ると、着ていたTシャツが脱ぎ捨てられていて、上半身裸の背中が見えた。

椅子に座ったままの父の様子がおかしい。
呼んでも返事をしない。
汗がだらだら流れているのに、からだに触ると、氷のように冷たい。

その冷たさは、亡くなる人を思い出させて、ぞっとした。

(熱中症!?)

あわてて、冷蔵庫からイオン飲料をつかんで戻り、ふたをあけて父の口元にあてるが、ぜんぜん動かない。
こういう状態になってしまったら、水を飲むこともできないとわかった。

◆救急車

呼んでも、叩いても、かすかな反応しかない。
横にならせたいが、動かせない。
なぜ、こういう状況になったのかも、この状況がどういう状態なのかもわからないが、一刻を争うと思った。
スマホをつかんで、119。
抗原検査陽性が出たことも伝え、連絡を終えると、父の身体の汗をきちんとふき、服を着せようとしたが、硬直したように重く、腕をあげることもできない。
下手に動かすと、そのまま椅子から転げ落ちてしまいそうだ。

しかたがないので、バスタオルを取ってきて、前を覆うように肩からかける。
保険証や財布、着替えや介護おむつ、タオル、水などをカバンに入れて用意をする。

ほどなく、救急車の音が聞こえてきたので、道路に出て誘導する。
男性隊員2名と女性隊員1名、あわせて3名が降りてこられたので、驚く。
救急隊の人が、父のそばにたたずみ、呼び掛けてくれるが、反応はするものの、言葉は出ず、体も動かない。

車いすや担架に乗せられる状態でもなく、そのまま運ぶことになり、男性隊員のかたが二人がかりで、父の上半身と下半身を、それぞれがかつぎあげるようにして、救急車に運んでくださった。

横たわったまま、いろいろな装置がつけられていく父。
血圧も脈拍も体温も、かなり低いとのこと。
ふだんから低血圧なのかと訊かれ、高血圧の持病で毎月、通院していると答える。
脈拍は、もしかすると、ふだんから少ないかもしれない。

受け入れてくれる病院を探すあいだ、状況を細かく聞き取りされることになる。

「保険証ありますか?」と言われて、焦る。
午前中、発熱外来で使って、すぐにカバンに入れたはずの保険証が、どうしても見つからないからだ。
なくてもかまわないと言われ、父の名前、生年月日、住所、意識不明になるまでのこと、既往歴などを、尋ねられるままに答える。

答えながら、ごそごそとカバンを探し続けたが、保険証はどこにもない。発熱外来から帰宅してからのことを思い描く。
カバンから出した覚えがないので、見つからないことが信じられない。
保険証をどこにやってしまったのだろう。
落としたのだろうか?

父は、抗原検査陽性なので、受け入れてくれる病院が限られていること、なるべく近隣で探しているが、近くで見つからない場合があることを告げられる。

しばらくして、受け入れてくれる病院は見つかったが、コロナ陽性の人を検査する部屋が、前の人が使っていて、まだ空いていないとのことで、部屋が空くまで、救急車の中で待機することになった。

「保険証、取りにいってもらっていいですよ」

と言っていただいたので、家に戻って、室内を見回すが、出した覚えがないので、どこを探していいかわからない。

(無意識に置いていないか。いつもの場所に戻していないか)

どうしても、みつからない。
カバンの中身も、ぜんぶ取り出してみたけれど、どこにもない。

救急車に戻り、見つからない旨を伝えると、ここでは必要ないので、病院のほうで説明してくださいと言われる。

装置に表示されている血圧と心拍数のような数字は、とても低いままだ。
救急隊のかたが呼び掛けてくれると、軽く反応するようになった。

コロナ陽性者の救急受け入れの部屋が空いたので、病院に向かいますと言われ、救急車が動き出す。
どこの病院かを尋ねると、車で10分ほどの場所にある、市内にある4つの基幹病院の1つだとわかった。

どんな状態であっても対応してもらえるという信頼はあるが、いったい、今、父はどのような状況なのだろう?

手遅れ……ということも、あるのだろうか。

◆病院着 

病院に着いたが、降ろされる気配はない。
検査をする部屋の消毒をしているとのことで、救急車の中で待機という指示だとのこと。
時計を見る余裕がなかったので、正確な時間はわからないが、自宅前で救急車に乗ってから病院に向かうまで、30分ほど待機していたかもしれない。

さらに、病院に着いてから、検査をするプレハブに運び込まれるまでに15分ほどが経過しているように思われる。

そのあいだ、一人の男性隊員(若いほう)が中に残り、父に声をかけたり、数値を確認したりしてくれた。
父を病院に引き渡すまでは、救急車と隊員3名もの人材が、駐車場に留め置きされたまま、発生しているであろう救急要請に、まわることができない状況だ。

受け入れを待つ救急車の中で、あるいは、救急車を待つ自宅で、どんどん病状が悪化したり、手遅れになることもあるのではないかと思う。

だけど、救急隊のかたも、医療従事者のかたも、全力で、目の前の救命に尽力してくださっていることを、切迫した空気の中で、ひしひしと感じた。

ようやく、中に入れることになり、車がプレハブの近くに移動する。
父は、呼びかけに対して、はい、などの短い言葉を返すようになっていて、意識が戻ってきていることがわかり、ほっとする。
指先は、かすかに動いているが、体を自分で動かせるのかどうかはわからなかった。

(脳の疾患だったらどうしよう?)

救急車の中で寝かされていたベッドのようなものは、そのままストレッチャーになり、プレハブ内のベッドまで父を運ぶことができる。

室内にはベッドと、壁際にパイプ椅子が2つあるだけ。
プレハブの窓も入り口も全開。

病院側の人たちは、防護服のような、ものすごい装備で、父がただの救急疾患ではなく、コロナ陽性であることを意識させられる。

お世話になった救急隊のかたたちに心から頭を下げ、プレハブの中へ。

完全防備の看護師さんが、大きな声で呼びかけてくれ、てきぱきと、父に点滴が施される。

私は、奥のパイプ椅子に座るよう指示され、そばに近づけない。
というか、私自身も感染源とみなされている。
カルテのようなものを書かされたが、私がふれたものは、ビニール袋に入れられて運ばれていくのだ。

(ビニール袋!)

救急担当の医師から、電話で問診がある旨を伝えられ、看護師さんが出ていく。
父と私だけが、何もない、簡易な広い部屋に残された。

(つづく)

浜田えみな

【水瓶座の満月(1)】
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