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333.中山真弓さんの写真展撮影(京都御苑)に参加しました!

写真撮影会って、自分が、少しずつ自由になっていくステップだ。

カメラの前で、カメラを忘れる時間が、だんだん長くなっていく。
カメラが気になり、抵抗が生れたら、今は、まだ超えられない境界。

少しずつ、「人からこう見られたい」という自分は遠ざかり、「どうありたいか」に向かっている。

どんなことが好きで、どんなことが心地いいか。
パッションのままに、見たいものを見て、行きたいところに行き、ふれたいものに手を伸ばし、体験し、表現し、創造する。

「隠れようのない、むきだしの自分」へ。

そのためのステップ。
作品は、想像を超える贈り物。

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真弓さんの作品は、そのとき、そこに存在しているものすべてが、ひかりとともに、いっせいに手をつないで、被写体へとエールを贈っているような、やさしさと慈愛を感じる。

または、被写体の持つ魅力を、そのとき、そこにあるものすべてと、いっせいに繋がりあって、奏でているような、一期一会の調べを感じる。

だから、愛されていることを感じるし、応援されていることを感じるし、守られていることを感じるし、どんな闇の中にもひかりを感じて、やさしくなれるし、元気になれると感じる。

被写体が変わっても、季節が変わっても、背景が変わっても、被写体をひとりぼっちにしないと感じる。

(本文より)

◆はじめに
◆京都御苑
◆十月桜
◆服に出逢う
◆被写体として
◆真弓さんの写真
◆おまけの思い出

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◆はじめに

2022年10月29日に、京都御所で行われた、中山真弓さんの個展開催のための関西撮影会に参加した。

以前から、撮影したお写真が投稿されているのを目にすることが多く、

(素敵だなあ、関西で撮影会をされるなら撮っていただきたいなあ)

と思って、見かけるたびにコメントしていたところ、関西撮影会が決まったのだけど、「写真撮影」ではなく「写真展撮影」の募集だった(!)

「展」を見落としていたので、あとから送られてきた概要を読んで、びっくり。
できあがった写真がパネルになって、個展会場に並ぶという。

(いやいや、それはないでしょう)
(いやいや、ありえないですって)

と思ったけれど、意図せず運ばれていく流れは、神様のみちひらき。
同じく、内容をよく読みもせず、私のコメントにコメントを付けた、まきちゃんと、まきちゃんのお友達のNさんの三人で、撮影をしていただくことになった。
10時30分スタートで、私・Nさん・まきちゃんの順番だ。

◆京都御苑

当日は、秋晴れの高い空に澄んだ空気。
烏丸通を、待ち合わせの京都御苑蛤御門に向かう。
左手には、護王神社が見える。

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早めに到着して、ご挨拶しようと思っていたのに、忘れものをして取りに帰ったので、すでに遅刻で時間の余裕がなく、通りを隔てて一礼して、小走りで蛤御門へ。

門をくぐり、少し開けた場所で待っていてくださった真弓さんは、午前中のやわらかい光の中で、すっきりと立っていらして、投稿のお写真で何度も見ている、やわらかい笑顔で、駆け寄ってくださる。

京都御苑には、樹木がいっぱい。
木漏れ日が躍り、葉っぱがきらきら輝いている。
太陽のあたる場所によって、すでに色づきはじめている葉もあれば、明るい緑のままの葉もあって、グラデーションが美しい。

なんといっても、氣の素晴らしさ。
平安時代から明治に至るまで、日本の都として、天皇が住まい、政事を行っていた所だから、邪悪なものは寄せ付けない土地の力があるのだと感じる。

歩いているだけで、気持ちが洗われていく。
行き交う人たちも、品がよくて、平和な空気を乱す人がいない。

(こんなに、素敵な場所だったんだ)

どこにいても、光の中。
どこにいても、守りの中。

そして、樹木たちが、好きすぎる。

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荷物を置こうとしたら、根元には、きのこが。

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絵本の挿絵のような、かわいいフォルム。

360度、どちらを向いても、樹。

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ふかふかの地面。
夜になったら、動き出して、おしゃべりを始めていそうな気配をたたえながら、林立している樹木のあいだを、走り回りたい気分。

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大きなイチョウ。
まだ、その葉は緑色だ。

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これが、ぜんぶ、黄色に変わったら……

世界中の金色の蝶が羽を休めに集まってきたような、黄金のさざめきは、圧巻だろう。
ぜったいに、そのころに来ようと決める。

真弓さんは、事前に御苑内を下見してくださり、それぞれのイメージに合う「樹木」を見つけてくださっていた。

樹って、なんて素敵なのだろう。

「えみなさんの好きにしていいよ」

って言ってもらえて、

(どうしよう。どうしたい?)

って、ハートに聴く。

思い浮かぶのは、へんなことばかりだった。

・地面をごろごろ転がる。
・一帯の樹にハグしながら、駆け回る。

(えっ 私って、犬?)

思い浮かんで、ハートがバクバクしていることは、とても写真に撮っていただけるようなポーズではなく、私も、真弓さんの前で、実際にやってみることに躊躇したので、樹にもたれたり、すわったり、という無難なポーズに(笑)

(地面を転がったり、樹にハグしながら駆け回ったり、裸足になったり)

いつかできる日がくるだろうか。
ハートのままに動き出せたら、面白いだろう。
スモールステップで行こうと思う。

今回の撮影会で、チャレンジとして意図したことは、クリアできたから。

◆十月桜

何か所かで撮影していただき、最後に、真弓さんが案内してくださったのは、花が咲いている木。

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どう見ても桜なので調べたところ、十月桜と呼ばれ、春と秋に二度咲く桜だとわかった。

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珍しいし、ほかに観光しているかたもいらして、アングルが難しい中、撮影してくださった。

桜の木の前のベンチで、お弁当を食べている家族連れもいたけれど、その前で撮影していただくことに、抵抗も恥ずかしさはなかった。

真弓さんが、桜で撮りたいと思ってくださって案内してくださった場所だったので、

(真弓さんに、撮りたい写真を撮っていただきたい)

という「使命感」があったから。

自分のためだったら、行動していないと思う。

すでに、樹がいっぱいある場所で、樹に囲まれて、光をあびて、その声を聴いて、こんな場所に連れてきていただいて、感謝の気持ちでいっぱいだったから。

今回のチャレンジは、

(自然とつながること。奏でること。森の仲間になること)
(着たい服を着て、心地よい感覚のまま、その意識をどんどんひろげて、つながること)

◆服に出逢う

家と職場の往復がメインなので、持っているのは、かっちりしたオフィスカジュアルと部屋着だけ。せっかく撮影していただくので、好きな服を買おうと思った。

「刺繍」が施された服に、ずっとあこがれがあり、めくるめく妄想をしながら、アンテナを立てていたところ、目にとびこんできた美しい刺繍に一目ぼれ。

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(薬師寺東塔の最上部の水煙のよう)
(色もブルーで、水の調べが聴こえそう)
(布地の水玉もかわいく、レースの模様もときめく)
(着用したときの袖の感じが、すごくかわいい)

眺めているだけで幸せな気持ちになるので、値札を見てびっくりしたけど、即買い。
服を買って嬉しくなるなんて、いつ以来か思い出せない。

壁にかけて眺めていたら、刺繍の色と、しほさんが創ってくださった精麻のピアスの色が同じ系統だと気づいて、さらにテンションがあがる。

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同じく、しほさんが創ってくださった精麻のペンダントをあわせる。

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(いい感じ!)

あわせるパンツを探していたところ、今年の夏に買った麻のオレンジが、素材的にもシルエット的にも、合うと感じる。

ハンガーにつるしてかけている様子は、トップスが緑の葉で、パンツが幹で、木そのもの。

(木の精になれるかも!)

その後、撮影日が当初の予定よりも遅れ、一枚だけで着るには寒くなりそうだったので、下にシャツを重ねる。

このシャツは、2020年12月に、べるさんの関西撮影会に申し込んだときに買ったけれど、撮影会が中止になり、一度も手を通していなかったものなので、役に立ってうれしい。

そして、京都御苑を訪れる数日前の10月23日に、いつも、素敵なガラスアクセサリーをコーディネイトしてくださる荒木美奈子さんの展示販売会を訪れた際、プレゼントしてくださった指輪が、

(ぴったりすぎるー―――っ)

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美奈子さんには、撮影会で着る服のことはお話していないのに、ぴったりのものが出来上がっている不思議。
もう、緑の色がはまりすぎて、この指輪だけで、森の木の仲間になれそうだと感じる。

最強のアイテムをまとって、世界にとびこんでいく。

◆被写体として

撮影されているという緊張や、気負いや、力みみたいなものは、何もなかった。

気持ちよくて、心地よくて、ひかりと風と自然の奏での中、幸せなまま、歩いたり、止まったり、お話したり、耳と心をすませたりしながら、時間が過ぎていて、

(私って、ちゃんと被写体だったのだろうか?)
(真弓さんに、写真展に出展したいと思っていただけるような一枚が撮れたのだろうか)

と、祈る思いだ。

◆真弓さんの写真

撮影が終わったあと、順番に合流していくNさんや、まきちゃんとのこと、虎屋茶寮のこと、晩御飯のこと、トピックスは続く。
先に、真弓さんの写真について、感じることを記しておく。

納品は、1ヶ月ほど先になるとのことで、それまでのお楽しみとして、真弓さんがセレクトした4枚を、すぐに贈ってくださった。

桜のところで撮ってくださった写真2枚と、色づきはじめる前のもみじの下の写真2枚。

真弓さんの作品は、そのとき、そこに存在しているものすべてが、ひかりとともに、いっせいに手をつないで、被写体へとエールを贈っているような、やさしさと慈愛を感じる。

または、被写体の持つ魅力を、そのとき、そこにあるものすべてと、いっせいに繋がりあって、奏でているような、一期一会の調べを感じる。

だから、愛されていることを感じるし、応援されていることを感じるし、守られていることを感じるし、どんな闇の中にもひかりを感じて、やさしくなれるし、元気になれると感じる。

被写体が変わっても、季節が変わっても、背景が変わっても、被写体をひとりぼっちにしないと感じる。

今回の撮影会で意図したチャレンジが、

(自然とつながること。奏でること。森の仲間になること)
(着たい服を着て、心地よい感覚のまま、その意識をどんどんひろげて、つながること)

だったので、それを叶えてくれた真弓さんの作品は、本当に嬉しい。

(だいじょうぶだよ)
(すてきだよ)
(ひとりじゃないよ)
(そばいいるよ)
(応援しているよ)

ひかりのハグ。
風のハグ。
花のハグ。
緑のハグ。

ひかりのエール。
風のエール。
花のエール。
緑のエール。

温泉に包まれているような、安心感と癒しが、作品からあふれている。
作品の中の私に、「よかったね」って言いたくなる。

あのときのひかりと、風と、花と、緑の気配に、いつでも繋がれる。

◆おまけの思い出

自分の撮影が終わったら、邪魔にならないよう、少し離れた場所で、森を満喫。

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撮影のあとは、晩御飯まで、虎屋茶寮で季節の和菓子で、ほっこりタイム。

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(虎屋茶寮の写真 中山真弓さん撮影)

晩御飯は、Nさんおすすめの焼肉。

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私は、京都御苑に1番乗りだったので、待ち時間のすごしかたもバリエーションがあり、Nさんが撮影している時は、1人で森を満喫できたし、まきちゃんが撮影している時は、Nさんとお話ができたし(共通項がたくさんあってびっくり)、4人でお茶も飲めて、晩御飯までご一緒できた。

もう、すっかり同士の気分で、撮ってくださった写真のシェア会を開いてほしい気持ち満々。
自分のことを教えてくれるのは、自分以外の人しかいない。

真弓さん まきちゃん Nさん ありがとうございます。

浜田えみな

写真撮影会って、自分が、少しずつ自由になっていくステップだ。

カメラの前で、カメラを忘れる時間が、だんだん長くなっていく。
カメラが気になり、抵抗が生れたら、今は、まだ超えられない境界。

少しずつ、「人からこう見られたい」という自分は遠ざかり、「どうありたいか」に向かっている。

どんなことが好きで、どんなことが心地いいか。
パッションのままに、見たいものを見て、行きたいところに行き、ふれたいものに手を伸ばし、体験し、表現し、創造する。

「隠れようのない、むきだしの自分」へ。

そのためのステップ。
作品は、想像を超える贈り物。

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番外編:当日の朝、カードを引きました。


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