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「天使の毒」企画書

キャッチコピー

――お望み通りの薬を差し上げますが、あなた様の一番愛するものをいただきます。

あらすじ

「お望み通りの毒を差し上げましょう。そのかわり、あなた様の一番愛するものをいただきます」――誰かの死を望む者だけが訪れる薬局・サリエル。美貌の女薬剤師は来局者に対してそうささやく。
死を望む相手は自分を虐げた同級生であったり、家庭をないがしろにした配偶者であったりと様々だ。代償の「愛するもの」もまた、依頼者によって異なったものとなる。依頼者が最後に掴むのは望んだ幸せなのか、あるいは――。
謎多き美貌の薬剤師×天涯孤独な青年・氷月朔太郎が、あなたの来局をお待ちしております。

第一話のストーリー

早朝の都心。駅に向かう人の群れに逆らって歩く一人の男子中学生。落ち着きのない様子のまま繁華街の裏路地に入っていく。
道に迷いながらも古ぼけた存在感のない薬局を見つけ、緊張した面持ちで中に入る。

「ようこそおいでくださいました」

薄暗い店内のカウンターには、作り物のように完璧な美貌をたたえた若い女性薬剤師が座っていた。
男子生徒がずっと握りしめていた一枚の羽根を提示すると、女性は口角を上げて頷く。

「上薬、中薬、下薬とありますが、いかがいたしますか」
「いっ、一番強力なのをください! あいつらの顔なんて二度と見たくない。僕を馬鹿にした罰を受けてもらわないとっ……!」

男子生徒の脳裏に浮かんだのは、自分をいじめている三人の同級生の姿。奴らのせいで中学校三年間の青春を失った。勉強も恋もなにひとつ楽しむことができなかった。

女性は調剤室に入り、豪奢なガラス瓶を手に戻る。そして「これを一滴でも飲ませれば望みは叶う」と言った。

「ありがとうございます。……支払いなんですけど、あいつらのせいでお金がなくて。その代わりなんでもします!」
「ご心配には及びません。わたくしが頂戴するのはお金ではなく愛。あなた様がもっとも愛するものを少しだけいただきます」

訳が分からなかったが、お金でなくてよかったと思いながら薬局を後にする。
学校に登校し、激しいいじめの隙を見て、彼らの飲み物にガラス瓶の中身を入れる。

体育の授業後、教室でそれを飲んだいじめっ子は激しく苦しみ始め、息絶えてしまった。
戦慄しながらも、うまくいったことに内心ほっとする男子生徒。

男子生徒の毎日には平和が戻り、残り少ない中学校生活を謳歌している。
公園のベンチに座る彼の隣には幼馴染の大人しそうな女子生徒の姿。二人は付き合っている様子で、互いの手相を見ていた。

「……あれっ。わたし、こんなに生命線短かったかな?」
「あはは、ほんとだ。でも手相って変わるらしいから大丈夫じゃない?」

特に気に留めなかったが、その晩布団の中でやり取りを思い出し、急に不安になる男子生徒。
女性薬剤師の言葉が脳裏に蘇る。

「一番愛するもの……? まさか、そんなはずがない!」

いてもたってもいられなくなり、家を飛び出して薬局に向かう。しかし薬局は忽然と消えていた。
絶望した表情で地面にへたり込む男子生徒。

そして……彼の脇を通り過ぎていく虚ろな顔をした女性の手にも、一枚の羽根が握られていた――。

第二話以降のストーリー

「こっちは必死に育児をしているのに、夫は何もしてくれない!」「乳児がいるのに飲み会だ、朝帰りだだなんて」「女がいるに決まってるわよ! ああもう腹立つ!」

くだを巻く母親の前で静かな笑みをたたえているのは、類まれなる美貌を持った薬剤師。目の前のカウンターには一枚の羽根が置かれている。

「上薬、中薬、下薬とありますが、いかがいたしますか」
「それって何が違うの?」

母親の問いに女性は目を細める。

「……上薬は命を養います。気力を益すため不老長寿の薬とも言われます。中薬は人によって毒にも薬にもなり得るものです。下薬は毒性も副作用も強いのですが、です」
「じゃあ下薬をちょうだい。おいくら?」
「お金はいただきません。そのかわりに愛を頂戴しております」
「愛? なにそれ。そんなものでいいの?」
「ええ」
「変な薬局ね。夫とは冷めてるから愛なんてないけど大丈夫?」
「とれるところからとりますからご心配なく。こちらがお薬です」
「……? いいならいいけど」

抱っこ紐の中の赤ん坊を愛おしそうに撫で、彼女は薬局を後にした。
郊外の小さな戸建て。散らかり放題の室内に足を踏み入れると母親は表情を歪め、深くため息をついた。

ゴミだらけのリビング。椅子に座るとスマホからSNSを開き、『体調がすぐれないので薬局へ。産後の身体って本当に厄介……』と投稿する。すぐにイイネや気遣うコメントがつき、満足げな表情になる母親。
画面には他にも『旦那サンがお土産にお菓子を買ってきてくれました♪ 忙しいのにいつもありがとう!』とか『夫婦でデート! 恵比寿にできた新しいイタリアンです』『娘ちゃんの新しいお洋服。今季の新作☆』といった華々しい投稿が並んでいる。

ふと赤ん坊が目を覚まし、火がついたように泣きだした。

「あらあらお腹が空いたの? すぐに美味しいミルクを作るからね!」

抱っこ紐から下ろしてベッドに寝かせ、オーガニックの粉ミルクを作り始める。
ブランド物の子供服を汚さぬように気を付けながら口に哺乳瓶を含ませる。泣き止んでほっとした。

「……こんなに可愛いのに。あんな男が父親だなんて、この子も可哀想」

SNSに投稿しているのは幸せな家庭の姿ではなく、彼女の虚栄心で作り上げた偽りの姿。思い描いていた生活は手に入らず、だったらもう要らないと思い始めていた。
自分が何もかもを育児に費やしている間、一体何をしているのか。仕事だと言えば何をしてもいいと思っているのだろうか。恋人だった時代はあんなに尽くしてくれたのに。

飲み会も女遊びも、もはや疲れ切ってしまい注意する気力はない。
窓からすぐ隣の家に目を向けて恨めしく思う。隣人夫婦は共働きだが、旦那は在宅ワーク中心で育児に協力的。容姿も良く、稼ぎも夫の倍以上。まさに理想の男性だった。

子供を寝かしつけたあと、薬局から貰ってきたガラス瓶の中身を麦茶のボトルに全て注ぎ込む。明け方に酔った夫が帰ってくると、必ずこれをがぶ飲みする。

「さようなら、あなた」

――そして彼女の夫は死んだ。急性アルコール中毒あるいは心臓麻痺だろうという診断だった。

一通りの弔いを終えた彼女は、隣家のインターホンを鳴らす。
昼下がりのこの時間なら、応答するのはと決まっている。けれども――。

『はい、どちら様でしょうか』

女の声だ。……なぜ?

「隣の日下部です。ご主人様は――」
『……主人は先日亡くなりました。バタついておりましてご挨拶に伺えず申し訳ないです』
「えっ」

血の気が引いていく。なぜ? どうして?
わたしたちの計画は――??

『主人の地元で葬儀をして、今朝帰ってきたところなんです。ほんとうに急なことで私もまだ混乱してまして……』

最後まで話を聞く前に、彼女は髪を振り乱して走り出した。
なぜ、なぜ、なぜ。こんなはずじゃなかったのに。
夫がいなくなったら、あの人と一緒になるって約束してたのに! 今度こそ憧れの生活を送れるはずだったのに!

その後、彼女ら親子は街から姿を消した。

都心を離れた郊外の小さな町に引っ越したらしい。
自らはよれたボロボロのジャージを着ながらも、娘はずいぶん高価そうなワンピースを着ていたのが印象に残っていると、母娘を見かけた人は口を揃えたのだった。

***

この夜薬局にやってきたのは自殺志願の高校生だった。
大学受験に失敗した彼は死ぬことにしたという。美貌の女薬剤師は例によって「薬はあげるが、金の代わりに愛を貰う」と伝えた。

「俺は養護施設にいるんで、愛とかってわからないです。自分の中にそんな感情はないし、他人から向けられたこともありません。それ以外のものじゃダメですか」

いかなるときも微笑を浮かべていた彼女の表情が僅かに動く。
確かにこの高校生には愛の欠片も感じられなかった。ほんとうに誰からも愛されておらず、愛してもいなかった。

「愛以外……。たとえば、あなた様は他になにを差し出せますか?」
「あいにく俺は金もなにも持ってない。薬を飲んで死ぬ予定だから、命ぐらいか」
「人間の命に興味はないのですよね……」

困ったような表情を浮かべた女だが、ガラスの薬瓶を手渡す。

「これは哀れな子羊に対する一度きりのサービスです。特別にご料金はいただきませんが、二度と当店の利用はできなくなります」
「……子羊。すいません。もう死ぬんでそれは大丈夫っす」

薬局を出た男子生徒は近くの雑居ビルの屋上に上がり、迷いなく薬を一気飲みした。
大の字になって星空を見上げ、死を待った。
けれども、その時はなかなか訪れない。翌朝になってもぴんぴんしていたので不審に思い、再び薬局を訪ねた。

「……あら? あなた様はもう二度とこちらを利用できないはずですが」

早朝ゆえパジャマ姿の女薬剤師が出迎える。胸元のボタンはいくつか開いた妖艶な姿で、身体のラインがくっきりとわかる
様に男子生徒は思わず顔を赤くし目線を逸らす。

「これっ! 不良品でしたよ。あの後すぐに飲んだのにまだ生きてるんですから。苦情を言いに来たんです」
「そう。死ねなかったのですね」

女薬剤師は面白そうに口角を上げ、男子生徒に近づく。

「あなた、お名前は何と言うのですか?」
「……氷月朔太郎だけど」
「朔太郎ね」

その声で名前を呼ばれると、ぞくりと背筋に寒気が走るような心地になった。
彼女は朔太郎に身を寄せる。柔らかいものが彼の腕に当たった。

「あなたはどうやら生き残ったみたいですね。わたしが差し上げたのは中薬。人によって毒にも薬にもなるものでしたが、あなたにとっては薬となったのでしょう。だから死ななかった……死ねなかった」
「はっ!? 俺は死ぬためにここに来たのに!」
「正当なお代をいただけませんでしたからね。こちらも慈善事業じゃないですから、サービスではあれが精一杯ですよ」

自殺に失敗した朔太郎は脱力する。そしてこの先どうしようかと途方に暮れた。ビルから飛び降りるか、電車にでも飛び込むか……。なるべく人に迷惑をかけたくなかったけどやむを得ないか――。

「朔太郎。あなたが助かったのも何かの縁でしょう。ここで働きませんか? 愛を知らないあなたならちょうどいい」
「……はっ?」

――これが俺と店長との出会い。
そしてそれは誰かの死を望む者だけが訪れる薬局・サリエルの従業員になった日でもあった。

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