<おとなの読書感想文>ヨーロッパ退屈日記
仮にも西洋絵画を専攻した以上、いちどは本場に行ってみるべきだろう。
大学を卒業したあとにそう考え、初の欧州行きを計画したわたしは、諸々の手続きや準備のかたわら1冊の本を手に取りました。
「ヨーロッパ退屈日記」
(伊丹十三 新潮文庫、2005年)
買った時から、ヨーロッパに行くのにヨーロッパ退屈日記を参考にするのは間違っているだろうという気はしていました。
これから楽しい旅行をしようというのに、なぜに「退屈」。
しかもこの本が書かれたのは1960年代です。
この世に古いガイドブックほど頼りにならないものがあるでしょうか(そもそもガイドブックではありませんが)。
にも関わらず、わたしは手に取ったのです。
多分本がまとっている倦怠感と、古めかしさと、表紙に書かれている謎の一文、
この本を読んでニヤッと笑ったら,あなた
は本格派で,しかもちょっと変なヒトです
に惹かれて。
この時自分が本格派で、変なヒトだという自信があったとしたら、ちょっと恥ずかしいと今は思います。
さて、不思議な本です。
国民総「ミドル・クラス」となり、経済的にだんだん豊かになり始めた頃の日本。
とはいえ海外旅行が今ほど一般的でなかった時代に、ロンドンで乗馬靴をあつらえる話、カクテルやバーテンダー批評、果ては「スパゲッティの食べ方」なる不可思議なテーマを、当時の読者はどんな風に受け止めたのでしょうか。
ま、そんなわけで、遂にジャギュアは手に入りました。値段も、われわれ旅行者は無税だから、今のところトヨペットと大差はないし、今日なんか蟻喰いやペッカリを見に、ウィップスネイドの自然公園まで行ってきたのであります。
エクリヴィス、これは、一種のざりがにだが、白葡萄酒と玉葱のきいた、薄い味のスープに浸している。冷たい料理であって、手で食べる。
湖を渡ってくる、ひんやりとした風の中で、よく冷えたシャブリ・ムートン(この白葡萄酒がまた絶妙だったなあ)を片手に、山のようなエクリヴィスを平らげる三十分間。
これは、ちょっと、憎かったねえ。
うーん、理解するための本では、ないのでしょうね。。
ましてや旅行ガイドになんかなるはずもありません。
実はわたしは、この本を買ったのち旅行に出発するつもりが、ある事情でキャンセルしてしまったのです。
だから、未だにヨーロッパには行っていません。
冒頭のような動機から今でもぜひ行ってみたい場所ですが、欧州だけが憧れの地ではなく他にも行ってみたい場所はたくさんあるというのが正直な気持ちです。
それでもわたしはこの本を、引越しの際にも手放さず、現在あらためて読んでいます。
歩きタバコに顔をしかめても、この本から漂ってくる煙の香りはなぜか嫌いじゃありません。
感想文と言いつつ言葉にならないこの魔法を、夏の名残にぜひどうぞ。
夏の盛りには、時間はほとんど停止してしまう。たぶん一年の真中まで漕ぎ出してしまって、もう行くことも帰ることもできないのだろう、とわたくしは思っていた。
あとで発見したのであるが、人生にも夏のような時期があるものです。
画材費、展示運営費、また様々な企画に役立てられたらと思っています。ご協力いただける方、ぜひサポートをお願いいたします。