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闇のあとの光 滋賀にゆかりのある写真家 −川内倫子

今年の夏にはじめて写真を購入した。

サムネイルにある川内倫子さんの写真。

私はこの写真をずっと売らずに(大げさだけど)死ぬまで持ち続けると思う。言ってしまってやはり大げさだと感じた...。死ぬまで、死ぬほど、一生とかいう言葉は冗長なので恥ずかしいけれど、やはり死ぬまでこの写真を持ち続けると思う、と繰り返しておきたい。

2020年のコロナ禍に何が起こったかを思い出すために、記録として手に入れたいと考えお金を払った。コロナのせいで勤務していたスタートアップの資金繰りが悪化し、部署がまるごと切り離され解雇されたため、仕事がなくなった。金銭的に不安だったけれど、この写真だけはどうか手元に届いてほしいと思い、マリアか十字架を引き寄せるような気持ちですがった。仏教徒だけどね。

川内倫子さんといえば、空から降り注ぐ光の筋をとらえた水彩画のように透明感のある写真が特徴かもしれない。彼女の写真は季節でいうと春で、花でいうと桃色のスイートピーのような、やわらかな印象がある。今回購入した写真は、彼女の普段の作品と比較すると明らかに様子がおかしい。

暗闇を写すことをしてこなかった人が闇をとらえている。これは、彼女の憤怒、不安、動揺、焦燥を表すといってもいいかもしれない。少なくとも私はそのように解釈した。

ただ、この写真で彼女らしいのは、暗闇を写しながらも彼女の代名詞である光が左上からささやかに降り注いでいるところだ。この光は救いの光だろう。パンデミックと同時に人々がカオスに陥った黒人差別の騒動がおさまりますように、という願いが込められた作品だと思った。

そう読み取った私は、この写真を購入することにした。

今年の夏は、海を渡った向こう側の美術館が次々とホームページを真っ暗な画面に変更し、Black Lives Matterと表示し、黒人作家やマイノリティの作家の作品を一斉に紹介した。ロンドンのテート・モダンに至ってはどのように社会運動をスタートするか、そしてどのようにクリエイティブに広げるか、その手順を動画付きでインターネットで発信した。

私は家のベッドにパソコンを広げて思いつくままに知っている美術館をネットサーフィンし、あそこも、ここも、所蔵している黒人作家の作品が紹介されていることにただただ驚いた。ちなみに日本の美術館は私が確認した限りでは、どこも真っ暗な画面に変更していないし、BLMについて賛同のメッセージを組織としては発信していなかった。

例えば、MoMAはピカソのゲルニカを研究して1960年代に描き上げたアフリカ系アメリカ人の女性フェイス・リングゴールドをホームページで取り上げていた。まさに、彼女がキャンバスに表したようにアメリカ中がパニックになっていたが、悲しくも公民権運動が盛んだった60年代の絵画が2020年に再び異なる文脈で脚光を浴びることになった。

このように、今年の夏は、美術館という組織がいっせいに連帯し、発信をはじめたのに対し、海を挟んだこちら側では美術館は共鳴しなかったけれど、写真家たちがBLMへ賛同し、チャリティで写真を買える場を準備してくれた。

このできごとを忘れないように、写真を自分の部屋に飾りたかった。闇のあとに光が訪れることを祈って出品されたであろう川内倫子さんの写真は、私の宝物になった。



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