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シュレーディンガーの猫は解決した

測定後の測定器のメーターは既にマクロな状態になっているのであって、何らかの値になっていることは確定しているはずであろう。観測者はそれがどんな値になっているかを単に知らないだけであって、量子的な重ね合わせ状態とは違っている。それを「重ね合わせ状態」と表現するのは良くないのではないかというご指摘を頂いた。

私も一時はそれに納得して「ご指摘の通りですね」と返事して修正を考えたのだが、どうやらそれはよくある間違いであるらしく、やはり「重ね合わせ状態」と表現しておくくらいが無難だろうという結論に至った。良い機会なので、その辺りの問題を詳しく説明してみるとしよう。

ミクロな重ね合わせ状態を観測した結果は、一体どの段階からマクロな確定状態へと移行したと言えるのであろうか。これはよくある質問であり、多くの人がいまだに疑問に思っていることであろう。

ああ、こう表現してみれば、これは「シュレーディンガーの猫」の問題そのものだ。今回の話は期せずして「シュレーディンガーの猫」の解決編についての解説になりそうだ。

実は、現代的に整備された量子力学ではそのあたりを分け隔てなく記述できるようになったのである。そう、「シュレーディンガーの猫」の問題は既に解決したと言える!

決め手となったのは「密度行列」と呼ばれるものを使った理論形式である。
これは「純粋状態」と「混合状態」を統一的に記述できるという優れものである。純粋状態というのは波動関数や状態ベクトルを使って表現できる量子状態である。従来の量子力学の主役はこれであった。

一方、混合状態というのは、複数の純粋状態が何らかの確率で混ぜられて、
そのいずれかの状態が目の前に持って来られているような状態のことである。混合状態というのは、目の前に来ているものがどんな純粋状態であるかを「知らない」だけなのだ。

このような理論形式は、私にはとても抵抗があった。観測者が知っているか知らないかというのは単に観測者の知識の問題であって、現実が実際にどうなっているかという話とは無関係なのではないかと思っていたのである。つまり私にとって、純粋状態のみを扱う従来の量子力学こそが現実の世界を表す本物の理論であって、観測者の知識を表す理論形式は現実とは無関係な屁理屈だと映っていたのである。

しかしやがて私の視点は160°ひっくり返った。現実を把握する方法は観測によって得る知識によるしかないのではないだろうか。この話はちょっと深くなりそうだし、もともと書く予定でいたのでまた今度にしよう。

まずは単純な例で説明したい。粒子 A と粒子 B とが相互作用を起こして量子もつれ状態になったとする。A と B を合わせた全体系が取り得るあらゆる状態は先ほど話した「密度行列」を使って表すことができる。この系の状態のことを良く知っているとき、全体を見れば純粋状態であると言える。

この後、粒子 A を誰かに測定されてしまって、もう粒子 A は私が知らない何らかの別の状態になったということを知ったとしよう。するともう、A と B を合わせた状態についての知識は正しくないわけで、A を測定した結果も知らされていないのだから、頼れるのは目の前にある粒子 B だけである。それまで持っていた情報から粒子 B のみを全体から切り離して見るとき、それは理論的には何らかの混合状態として表せることが導かれるのである。

この話は他の測定にも当てはめることが出来る。観測対象と測定器を相互作用させるとき、全体を量子もつれ状態にさせたのである。そしておそらくは速やかに、観測対象だったものは環境との相互作用によって、観測直後の状態ではなくなってしまうだろう。手元に残されたのは測定器のメーターであり、メーターの状態だけを考える限り、それは理論的には何らかの混合状態になっていることが分かるのである。

その混合状態がどんなものかを説明しよう。先ほど、混合状態というのは目の前に来ているものがどんな純粋状態であるかを「知らない」だけなのだと説明したのだった。メーターがどこを指しているかが既に定まっているが、どこを指しているかを単に「知らない」だけの状態だと考えたくなる。もしそうだったのなら説明が楽だったのだが、少しだけ間違っている。

マクロな状態というのはメーターがどこを指しているか完全に定まった状態であるというイメージが強いが、実はそうとは限らない。完全に定まっていなくても良くて、他の可能性との間で干渉を起こしていても構わないのだ。そのようなこともあって「重ね合わせ状態」と書くのは特に問題はないことになる。

だから正確に書こうとすれば次のようになる。メーターがどこを指しているかがほとんど定まっているが、ひょっとすると他の位置を指すことになるかもしれないような可能性もわずかに残っている複数の状態のうち、どれが目の前に来ているかを知らないという状態である。

測定器のメーターが何らかのマクロな状態の混合状態になるようにしたのは、測定の時に行った相互作用である。どの時点でそうなったのかということについて理論的に説明できるようになったわけだ。メーターのマクロな状態についても原理的には正しく記述可能である。全てを観測者の知識の問題として統一的に捉えることによってシュレーディンガーの猫の問題にきれいに答えられるようになったのである。

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