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海外女装小説の紹介「女装警護官」②

30分後、いったい何が起こっているのか…それをどこかの誰かが教えてくれるのを期待しつつ会議室へと足を踏み入れると、その場に居合わせた半ダースほどの面々が顔を上げ、何やら胡散臭いものを見るような眼差しを私に投げつけてきた。

「席に座りなさい」とフェントンは私に指示をすると、部屋の照明を暗くして、オーバーヘッドプロジェクターのスイッチを入れた。

浮かび上がる画像…それはアメリカ人であれば、誰もが知る女性の画像である。

「さて…彼女のボーイッシュな体格と足のサイズに注目してほしい」フェントンは画像に視線を走らせた。「そして彼女はいま妊娠6か月だ。無事に出産を終えることができればいいのだが」と彼は続け、写真をプロジェクターから引き出し、別の画像…クローズアップの画像へと置き換えました。

「特に興味深いのが、女性にとっては珍しい喉頭隆起だ」と彼は続けた。「そして、彼女の目の間隔の広さに注目してほしい。もっとも、この写真からはそれを詳しく見てとることはできないかもしれないが…しかし我々は皆がそうであることを知っている」

フェントンは世界で最も有名な女性、アメリカ合衆国のファーストレディ(大統領夫人)について話しているのであり、確かに私たちはそれを知っていた。彼はプロジェクターのスイッチを切ると、部屋の照明を再びオンにした。「さて…イーサン、なぜ我々がきみにこの場にいるよう命じたのか…その理由を推測できたかな?」

私は100%状況が理解できないでいた。

「いいえ」そして私は短絡的に思いついた結論を口にした。「もし、ケネディ夫人の警護担当候補者を探しておられるのならば、私は喜んで志願いたします」

私の返答にフェントンの口からは、抑えきれない笑いが漏れてきた。

「ある意味ではそうかもしれないな。きみも知っているようにシークレットサービスには女性警護官がいない。ケネディ夫人とその子供たちは、大統領とともに遠方へ旅をしていないときは、警護官が交代制でガードをしている…いやいや、今回の任務はそれとは少し異なる」フェントンは少し間をおいてから続けた。「教えてくれないか…きみはアマチュア演劇で女性の役を演じたことはあるのか?」

「はい、あります」私のなかでは現実感が喪失しつつあった。「私は大学時代に「チャーリーの叔母」で主役を演じていました。それに私は男子校での公演では「ジュリエット」の役を引き受けていました」

プロジェクターの陰のために部分的にしか見えなかった女性が、そのとき何やら声を上げた。中年であり、同時にとても上品な雰囲気を醸し出した女性だ。彼女は「あなた…立ち上がって上着を脱いで、私にあなたの体を詳しく見せて頂戴」と言った。

私は言われた通りにやった。その女性は私の周囲を一周すると、長い時間をかけて私の顔を吟味した。「色と骨の構造は理想的…でも、彼の足をもっと詳細に検分する必要がありそうね。それから…あとは少量の詰め物で処置するとして…」何かの実験体のように中年女性はコメントする。「御覧なさい…彼の大きな茶色の目を。まるで彼女のような目。でも彼の足は少しばかり小さいかも...」

私はここに至り、私という人物が何を求められているのか、朧気ながらわかったような気がした。随分と突拍子もない推測であるが…

「待ってください!」 言わずにはいられなかった。「私にジャクリーン・ケネディになりすませということですか!?」

「落ち着いて」フェントンが会話に割り込んできた。「とにかく座りたまえ。すべて説明しようじゃないか。だがその前に…この機密保持誓約書に署名が必要だ」彼はバーテンダーのように文書をスライドさせて、私の前まで移動させた。「時間をかけて注意深く読むことだ。これは非常に重要な任務であり、国にとって非常に価値のあるものだ。同意することになれば、その時点できみの俸給表はGS-16(上級職)となり、ホワイトハウスでの専属任務に従事する第一人者となるだろう」

目の前の厄介な言葉に集中しようとするものの、私の意識はクラクラしていた。そして顔を上げる度に、6組の目が、迷路の中を彷徨う実験用ネズミを眺めるように視線を投げかけていた。

これらの面々は私が女性に変装することを望んでいるのだ。

しかも、ジャクリーン・ケネディは、アメリカで最もシックで、最もスタイリッシュで、最も羨望されている女性なのだ。彼らはどうして私がこれをやってのけることができると信じることができるのだろうか。

とはいえ、俸給の話は本物であり、私はいまの自分がキャリアに行き詰っているのを嫌悪しており、同時に、この部屋の面々は彼らが何について話しているのか理性をもってわきまえているように見えた。

私にとって起こり得る最悪の事態は何だろう。

この「オーディション」が失敗したとしても、いまの私の状況がこれ以上悪くなるとは思えなかった。

私は誓約書に署名し、テーブルの上を滑らせてフェントンに返却した。


#海外小説 (女装、TS)の紹介まとめ


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