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海外女装小説の紹介「女装警護官」①

それは1963年の素晴らしい春の日でした。

が、先日からの私といえば財務省の机に向かい、ささいな通貨偽造事件の案件を書類にまとめるのに腸をきりきりさせ、今日も時間を費やしていた。

私がシークレットサービスに就職したときの将来のビジョンといえば、百ドル札を偽造するエース級通貨偽造犯の摘発者となり、その功績を称えられ、最終的には大統領護衛官として、アメリカ合衆国の国家元首に直接お仕えするというものであった。

米国大統領の命を守るべく、遠く離れた土地へのエキサイティングな旅行に出かける…というのは、いまや妄想と化したキャリアアップ計画で、目下のところ何をしているのかといえば、半盲のレジ係が偽の1ドル札でペテンにかけられた案件で立ち往生している。これがいまの私だ。 

見慣れぬ男が窮屈なオフィスに入ってくるのを、私は落ち込んだ心情とともにぼんやりと眺めていた。その男はドアを閉め、私の近くにある空の椅子に座った。相手は見るからに年長者で、その容貌からは定年退職前の年齢でありることが伺えた。

男は随分と長い時間…いまの私には永遠とも思える時間をかけて、こちらを黙って眺めてきた後、ようやくながらに口を開いた。

「イーサン・ディナンというのは、きみか?」

「ええ、そうですが」

突然私は、この見知らぬ訪問者が、シークレットサービスの「影の副長官」と呼ばれているデュアン・フェントンであることに気づき、飛び跳ねるように椅子から立ち上がり、直立不動の態勢となった。フェントンはトルーマン大統領への襲撃を企てたプエルトリコ国家主義者たちに対する英雄的行動で伝説となった人物だ。

「きみ…形式ばらずに座りたまえ」フェントンは優しい声で言った。

私の心はパニックの最中である。

影の副長官がわざわざ出向いてくるような、何か重大なミスを私はしでかしたのだろうか? あるいは私の上司に対する私の辛口が、どこかで上層部の注意を引いただろうか? ひょっとするとアラスカ州ノームへの転属命令が申し渡されるのかもしれない… 

フェントンはスーツの胸ポケットから一枚の紙を引き出して広げ、その内容を口にしはじめた。「1929年生まれ。目は茶色、髪は茶色。フランス語に堪能。1951年にジョージタウンを卒業。高校や大学で数多くのアマチュア演劇作品に出演。独身」相手はじっと私を見つめた。やがて「これでうまくいくかもしれない」と口にした。

私は彼の言葉が何を意味しているのかを訊ねるべく、勇気を振り絞って口を開こうとしたものの、緊張のあまりその言葉は喉で詰まってしまった。

フェントンは椅子から立ち上がると「30分後に局長室隣のメイン会議室に来るように」と言い放ち、オフィスから姿を消した。


#海外小説 (女装、TS)の紹介まとめ


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