胎動

この日は雨だった。

昨日も雨。

明日も雨。

今日も雨。

明後日も雨。

                         でも今だけは晴れ。


―――下層 Sector0015

ここは番号からわかる通り非常に古い区域である。
付近には0013や0014が存在していたが、前者は地下から有害なガスが噴出していて、居住者に生身の者はほぼ存在しないという危険地域で、後者はというと何年か前…いや、何百年か前くらいに崩落もしくは消滅してしまったらしい。(らしい…というのは誰も原因を知らないし、一晩で跡形もなくなってしまったからである。)
そんなSector0015は、周りに比べれば幾分かマシといった環境で、ガスの噴出もなくわりと安全に近いようだ。

なんでわたしがそんな辺鄙なところにいるかって?
いつもの趣味…と言いたいところだけど今回は仕事。
観測者に対して、「Sector0015 ニテ 微振動 ヲ 観測 シタ 調査 サレタシ」なんて匿名通報があったものだから、現地調査を主とする異常生態課にこの調査が転がり込んできたってワケ。
で、セルシウス課長は事務仕事に忙殺されてるから無理、アイリス局員はなんらかの気配を感じ取る前にスッと消えてしまい、もにか局員は惑星調査艦に搭乗中、げる局員は別事案の調査で外出中、コウノ局員は半透明になって見えなくなってしまったし、岸田局員はなぜかほかの銅像と見分けがつかなくなってしまい、最後に四月朔日局員は…散歩かな?

と、いうわけでわたしはSector0015にいる。
運がよかったのは、ちょうど酸性雨が止んだぐらい。
「あれ…酸性雨って止むものだったっけ…?まあいいや。」
調査には丁度いい。

一応、通報の発信源は特定できたようで、信号はこのSectorでは珍しい原型の残った建物から放たれていた。

建物内は家具こそなかったが割ときれいな状態だ。暗いけど。
一部屋二部屋移動したところで発信源であるビーコンと通報者が持っていたであろう人工物を多数発見…

「?」

そこで脚から奇妙な感覚を覚える。何かが動いているような…振動?
いや、脈動…ではなく…
ズズ…ズズ…と一定周期で感じるそれは―まさしく生物の―胎動のようだった。

この建物に、ナニかが存在すると理解した。そして、この不幸な通報者は不気味な胎動の主にどうにかされたと気づくまでに時間はかからなかった。

そのあとのことはあまり覚えていない。
ビーコンと持ち物らしきものを回収し出口へ走った。途中でヌルッとした感覚があったが気にせず走る。

これは!いまどうにかなる問題じゃない!!!

出口に差し掛かった瞬間、床が隆起し始める。
床だと思っていたものは…いや、建物だと思っていたものは…赤黒い肉塊だった。
出口を塞ごうとする肉塊。

もう終わりかと思ったその刹那
青い、青い炎が観えた。

「うおりゃぁぁぁぁあああああああああ!!!!!!」

背に担いだチタンブレードを握り、高周波を起動。
特有の甲高い音を奏でながら赤熱する刀身が、いまは青白く発光する。

下段から上段へと刀身を振り抜く。
その振り抜かれた刀身は赤黒い肉塊を炭のように灼いた。

蛋白質の焼け焦げるイヤな臭いと、冒涜的な叫び声をあげた肉塊は、文字通り「消えて」しまった。


地面にへたり込んだわたしは、セルシウス課長に報告をし、医務課を呼ぼうかとしたところで、意識を手放してしまった。




雨は、未だ止んでいる。

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