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放浪親子


2003年。
私は不意に勉学意欲に駆られ、ヘッポコ兄と一緒に英検を受けてみようと思い立った。英語から離れて25年は経過している。そんな母親に負けたら、ヘッポコ兄も少しは焦ってくれるのではないか、という気持ちが少しあった。
2004年、年が明けてから私は英検の準備に励んだ。学生時代、一度も受けたことがない。「高校3年間で習う範囲」というから準2級ぐらいが妥当かなと思い、決めた。ヘッポコ兄は、中3の時に準2級に一度失敗しているので、今回はリベンジ。2人して準2級を受ける。

受験場は、高田馬場駅から徒歩10分(と書いてあった)の保善高校。
「線路の左側を直進、新大久保方面へ」と地図には書いてあった。私たちはなぜか「線路の右側」を歩いていたのだが……
まぁ、いいよね、自分でそれがわかってりゃ。途中で線路をまたげば(あるいはくぐれば)いいだけの話じゃん。
途中で線路をくぐり、線路の左側へ移動したら、大勢の人がゾロゾロ歩いていた。
ほ~ら、この人たちみんな受験するんだよ。この人の波に乗って行けば、地図なんか見なくったって平気だよね。
そう思い、我々はゾロゾロの後をついて行った。兄王子は、当然なんの疑いも抱かずに私の後をついて来る。

10分以上歩いたような気がした。
ドキン。
集合時間が迫っている。
ドキン。
妙な方向へ人の波が露骨に折れた。
ドキドキン。
なんだか男の人がほとんどだ。
ドキン。
英検って女性の方が少ないものなのか?
ドキン。
しかも、なんだか大人ばっかりだ。
ドキン。
学生が全然いないけど、こんなもんなのか?
ドッキドッキドッキドッキドッキ。

不安になった。
しかし、人の波が歩くすぐ脇の壁の中は、学校のように見える。やっぱり、これでいいんだよね。
門が見えた!
ほっと安心しようとしたのだが、その門にはこう書いた看板がデカデカとたて掛けられていた。

【電気通信主任技術者資格試験】

だまされた!!!!!

いや、誰に?
誰も私をだましていない。
でも、どう考えても、この人の波にだまされたような気がしてならない。
他にもいたよ、数人、あわてて今来た道を駆け戻る若者が。アンタもだまされたんだねぇぇ。(親近感)

前を走る男の子が、犬の散歩をしている人に道を聞いた。我々はそれを盗み聞きし、走る彼の後を追った。
だが待てよ、あの男の子が英検試験会場へ向かっていると、誰が断言できる? 同じ過ちをくりかえしてはならない。しかたない、私も聞いた。ベンチで犬とひなたぼっこしているおばちゃんに。
「保善高校ってどこですか?」
「すぐそこだよ、階段を下りて渡った所」

見えた、保善高校!
もう集合時間を、ちょい過ぎている。
それでも遅れて来る人が大勢いるのは、みんな電気通信ナントカにだまされていた人たちなんじゃないのか?

試験会場は4階だった。駆け上がる。
歩いて、走って、階段駆け上がって……死ぬかと思った、不整脈起きて。

準2級受験の教室は、私以外は全員が学生だった。中には小学生も2~3人いた。他の教室にはわずかながら大人もいたけど。いないのかな、英検受ける大人って。

ヘッポコ兄は一言も私を責めなかった。
でもね、私は断じて方向音痴じゃないんだよ。
私はただ……疑うことを知らないだけなの。

人を信じ過ぎたこの不運な母は実在した。
そしてまもなく人を信じ過ぎたまま祖母になる。
 

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