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【短編日記】 「Quiet Mode / 昆布駅(2)」

「昆布駅(1)」はこちら

 待合室の中はやや重苦しい空気が漂い始め、できることならさっさとバイクにまたがってこの場を去りたい気分にもなっていたが、彼は時折吹き出し笑いをしては窓の外を眺めていた。
「昼前見たテレビの天気予報では明日まで雨って言ってましたよ。」
言ってはいけないことを言ってしまった事にふと気がついたが、もうその時には後の祭りだった。
「やっぱりね。僕も昼前に食堂で見たテレビでは夜から雨って言ってたからね。でも夜になってから降るものかとばかり思ってたよ。ノンビリし過ぎちゃったな。」
窓際のラジオから突然笑い声と拍手が聞こえたかと思うとそれまでの下ネタ話の番組は終わり、期待もしていなかった天気予報が始まった。天気予報は急かされているように北海道の各地方をまとめて読み上げては予想される天気を付け加えるように発表していた。
「渡島、檜山、胆振地方、明日にかけて雨、所により強く夜半からは雷雨。」
「石狩、空知、後志地方、明日にかけて雨、所により強まる。」
やっぱり雨か、自分にはわかったが彼には伝わっていない様子だった。
「後志、明日にかけて雨だそうですよ。」
「シリベシ。それはこの辺りの事を言うの。せめて明日のニセコはとか倶知安はって言ってくれないとねぇ。やっぱり北海道の天気予報は不案内だね。」
「慣れればどうということはないですよ。」
そう言うと彼は時刻表をじっと見始めた。
「小樽方面、あと40分ほどかな。」
彼はそう言うと意を決したかのように自転車を待合室に引き込むと解体し始めた。
「きりがないだろうから輪行するよ。」
「えっ、リンコー。」
「自転車をたたんで電車やバスで移動するんだよ。」
そう言いだすと彼はそれきり黙々と自転車を解体する手を止めなかった。そうか、自転車にはこう言った奥の手があるんだ。しかし残り30分少々で無事にその自転車を畳めるのかは見ている方も冷や冷やするほどであった。
「なるほど、自転車なら乗れなくてもたたんで運べますね。バイクはそういう訳にはいかないですから。」
「まあ、奥の手だけどね。」
「ところで、このペースで大丈夫ですか。」
「ギリギリってとこかな。でも間に合わせないと。」
そう言ったきり彼は自転車を解体する手を止めることはなかった。

 それからは声もかけにくく雨音と工具の音ばかりが待合室に響く状態がしばらくの間続いた。重たい沈黙の時間が我慢出来なくなり駅舎の隣にある情報センターの入口にある自販機で缶コーラを2つ買って来た。雨は相変わらずやや強めの勢いで降っている。待合室に戻ると自転車はすっかり解体されて今度は収納袋に収める作業が始まっていた。
「あの、これ良かったら飲んでください。これも何かの縁だと思うので。」
買ってきた缶コーラを差し出すと彼はニコリと笑ってひと言。
「ありがとう。列車の中でいただきます。」と、やや高めの声で答えた。

 自転車のパッキングが完了したのは小樽行きの列車が来る五分前くらいのことだった。その五分ほどの時間、今度は自分が心配される番になってしまった。雨脚は強くてもせいぜいあと10分少々走れば帰りつく。問題はただでさえ暗い道が雨が降ると尚のこと暗くなる。そんな程度であった。思い返せは雨宿りと言うよりは偶然居合わせた人との一期一会と、めったにお目にはかかれない自転車を畳む場面に居合わせたことでいつまでも足が止まっていたのだ。
 
 小樽行きの列車がホームにやって来ると、
「それじゃ、お気をつけて。良い旅を。」と言い残して大きな袋と荷物を抱えて列車の中へと消えていった。すぐに列車は出発し、それをホームの上、雨の中ずっと手を振って見送っていた。やがて列車の音は雨音にかき消され、少し先の踏切の音も気がつけば止まっていた。待合室に戻るとそこに先ほどまでいた人はもうおらず、自分独りが待合室に取り残されたかのようだった。雨脚が少し弱まったら躊躇なく出発するつもりだったのだかそんな気配はまるで感じられなかった。自分もバイクも駅舎ごと雨に包まれながら時間ばかりが過ぎていった。

(次回に続く)

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