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おかんが破きました


最近ちょっとショックな光景を目の当たりにしたのだが、
その発端は少し遡ることになる。
何年か前の冬のこと。
友人がスキーに誘ってくれたので、久しぶりに行くことにした。
スキーウェアどこやったっけな、ということで
そうだ、おかんの家に預けたんだったと思い電話した。
「ねえ、おかん、そっちにあたしのスキーウェアあるよね?」
すると電話口のおかんは言った。
「あるよ」
やっぱそうか。よかった。
「ねえ、それ取りにいっていいかな、スキーに行くことになって」
「‥‥」
おかんが無言になる。
「ねえ、聞いてる?」
「うん」
もう一度少しイライラして言った。
「ウェアとりにいっていい?」
するとおかんはこう答えたのである。
「いいけど、あかんで」
なんだろう、そのなぞなぞみたいな答えは。
どういうこと?と聞くとまた黙っている。
「どういうこと?」
するとおかんは小さい声で言った。
「いま、着てる」
「え?」
「部屋で、エリーちゃんのスキーウェア着てる」
どういうことなんだろう。
なぜ?と聞いた。
すると、
「寒いから」
と言うのだ。部屋だ。どうして寒いんだろう。
「暖房をつけずに、節約している」
ここで、なんだか私は頭にきてしまった。
お金も渡しているのにすぐおかんは、節約したりする。
貧乏性なのだ。
「暖房つけてよ!」
「もったいないやん。これ着てたらあったかいし」
だめだ、話にならん。
「それに、このままコンビニにもいけて便利や」
絶句した。
スキーウェアで、東京で、コンビニに行ってるのか。
もう恥ずかしすぎる。
私のウェアは、少し昔のやつで、みなさんお分かりかと思うが
派手なやつだ。
しゃかしゃかしてるやつだ。
スノボーの、普段ぽいアウトドアっぽいものではなく
もろにスキーウェアである。ラメラメの。
「やめてくれる?」
「‥‥」
「暖房つけてくれる?」
「‥‥」
ずっと黙っているおかんにしびれを切らして言った。
「とにかく、ウェアとりにいくから」
するとおかんがまた口を開いた。
「着てもいいけど、、、着られへんで」
また、なぞなぞみたいなことを言う。
イライラして携帯を強く握りしめてしまう。
「えっとそれは、どういうこと?」
するとおかんは言った。
「あのな、手首とか、足首とかゴムがきつくて
締め付けられてるからな、そこを切った」
「えッ!?」
「だから、雪が入ると思う」
そりゃ入るさ!雪ガンガン入るよ!
まじか、、なんてこった、と思った。
「ごめんな、、」
これに弱い。おかんはわかっているのだ。そういうのに私が弱いのを。小さい子がこういう風に言うと
可愛いんだろうと思う。
「ごめんなさい」って小さい声で言うと。
でもおかんは、おばはんだ!しかも常習犯である。
ごめんって言うとけばいいと思っている。
全然悪いと思ってないのだ。だから、こういうことを繰り返す。
人のものを、許可なく破いたり、ちぎったりする。
「袖をな、半袖にした」
「あ、そ」
「切ったらな、ほんま楽やわ」
「そう」
「‥‥エリーちゃん怒ってる?ごめんね」
「別にいいよ」
よくないけど、もう話しても仕方ないから切った。
コンビニにそれを着て行くなと言ってもたぶん行くだろう。
でも、私は働いているし、お金いれてるし、情けないから
せめて暖房はつけてくれ、と言った。
そして、5年が経った。

先日のことである。
うちのおかんが私の家に来た。
「!!!」
ピンクのラメラメのスキーウェアでやってきたのである!!!
全く反省なし!悪びれることなし!堂々と!!!
私の無残に破られたスキーウェアでやってきたのである!!!
私、それ見た途端、怒るかと思ったけれど、自分でも意外だったんだけれど、私の反応はもっと違う、どこか平坦なものだったのである。
「ふーん、あれが、そうなったか」
つまり、実物を見て、なるほど、こういう切り方だったのか
となんか、冷静に、へーって思った。
そしてこれでコンビニに行ってるのかということも
この目で実物を確認し、あらためて
「ひでえ!」と冷静に思った。
でもいいやと思った。
これが、5年の私の大人の階段のぼった成果だったかもしれない。
受け入れ力。
不動心。
「お茶でも飲む?」
「うん!」
半袖で、チノパンみたいなサイズなったスキーウェアを
自然に、空気みたいに着こなすおかんと
お茶をした。

ティーカップを持ち上げるたび、おかんのウェアが           しゃかしゃか音を立てた。

うるせえ!

おしまい。

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