見出し画像

21世紀のジャズ周辺の状況を知るための入門編コンピレーション『Jazz The New Chapter - Ternary』

ジャズと呼ばれる音楽は生まれた時からハイブリッドなものだった。

よく言われるのは「ヨーロッパのクラシック音楽、アフリカの音楽、カリブ海の音楽の要素がアメリカで融合して生まれた音楽」というような話。つまりジャズはもともとジャズだったのではなく、世界中の音楽がアメリカで合わさって、それが発展することで徐々に形作られてきた音楽だということだ。

そして、そのジャズと呼ばれる音楽はその後もずっと様々な音楽の要素を取り込み、混ざり合い、逆に世界各地の音楽に影響を与えたりもしながら、今でもずっと変化し続けている。ジャズ呼ばれる音楽が初めて録音されたと言われる1917年から考えても、100年を超える時間が経過しているにもかかわらず、今でもその形は定まってはいない。

デューク・エリントンやギル・エヴァンス、マイルス・デイヴィスやビル・エヴァンスがラヴェルやドビュッシー、ストラヴィンスキーなどのクラシック音楽の要素を取り込んだと思えば、マイルス・デイヴィスやハービー・ハンコック、ドナルド・バードやロイ・エアーズのようにジェイムス・ブラウンやスライ&ザ・ファミリー・ストーン、ジミ・ヘンドリクスなどのロックやファンクの影響を取り込む者もいた。

一方で、ダニー・ハサウェイやスティービー・ワンダーらのソウルに、ジョニ・ミッチェルやスティーリー・ダンのロックやポップスにジャズからの影響があるように、そういった音楽の要素はロックやソウルやファンクにも還元されて行ったし、ストラヴィンスキーや武満徹の名前を挙げるまでもなく、ジャズに影響を受けたクラシックや現代音楽の作曲家が少なくないこともよく知られている。

ジャズから影響を受けたフェラ・クティやトニー・アレンによりナイジェリアで生み出されたアフロビートがその後、ジャズミュージシャンたちに影響を与えたことからは、その影響関係は一方向ではなく、影響関係が何度も往復もしていることを教えてくれる。

もともとハイブリッドであり、その後もハイブリッドなまま変化し続けているジャズと呼ばれる音楽はそうやってジャンルや地域を問わずにあらゆる場所に入り込み、あらゆるものを取り込んでいる。
(※『Jazz The New Chapter Ternary』ライナーノーツより抜粋)

画像1

2014年に1冊目をリリースした21世紀以降のジャズを紹介する本『Jazz The New Chapter』(以下JTNC)も今年で5年。「区切りの5周年だし、コンピレーションでも出しませんか」というオファーをもらった。その時にJTNCはこういう感じの本だってことをわかりやすく伝えられるようなコンピレーションを出すのはありかなと思って、僕は引き受けた。

ひとくちに「ジャズ」とは言ってもいろんな形があるというのを紹介してきたのがJTNCだし、同時にジャズミュージシャンたちがジャズ以外のジャンルに貢献している例がたくさんあることをひとつひとつ説明してきたのもJTNCだ。僕はロバート・グラスパーがジャズ・ピアニストとして、Jディラやレディオヘッドを軽やかに解釈したり、ピアニストとしてQティップやコモンに起用されたりするのが象徴するような状況を紹介してきた。

打ち合わせの中で「3枚組で、これまでのベスト盤のようなものを作るのはどうですか」と言うような話も出た。

だったら、せっかくコンピレーションを出すわけだし、そういったこれまで紹介してきた「ジャズ」も「ジャズミュージシャンが参加しているジャズ以外の音楽」も両方収めたものを作ってみるのはどうかなと思って、少し調べてみたら意外にも21世紀以降のジャズとジャズを取り巻く状況を収めたようなコンピレーションが出てなかった。というわけで、改めて最適な入門編を作ってみようと考えた末、こういう選曲になった。

今までもJTNC名義のコンピレーションはリリースしていた。ただ、当初は「今、ジャズが面白いことになっているけど、そもそも(熱心な現代ジャズリスナーを除く)多くのリスナーはロバート・グラスパーすら知らない」という状況を前提にした入門編を作っていた。最初のコンピレーション『Jazz The New Chapter』を出したのは2014年。この時は本もCDもすべてが「今、ジャズが盛り上がっていますよ!」の周知のためのものだった。

ただ、状況は変わった。カルチャー誌でも当たり前のように今のジャズが紹介されるようになったし、新世代のジャズミュージシャンがフジロックやサマソニをはじめとしたフェスにブッキングされることも当たり前の光景になった。Jポップのアーティストのインタビューなどで、海外の若手ジャズ・ミュージシャンの名前が出されても、もはや誰も驚かない。

なので、今回はある程度、ジャズの状況が認知されたという前提があるのと、ジャズ自体がどんどん自由にその音楽性の幅を広げているので、それに合わせ、今までに作ったコンピレーションよりも更に多様な楽曲を収めることができたと思う。

画像2

その中にはジャズ以外のジャンルのアーティストの楽曲もいくつか収録されている。例えば、Qティップ、エリカ・バドゥ、コモン、タンク・アンド・ザ・バンガス、ケンドリック・ラマーといったアーティストがそうで、そういったアーティストがジャズ・ミュージシャンを起用した曲が、21世紀のジャズミュージシャンたちの楽曲と自然に並んでいるところからも、今のジャズの面白さを感じてもらえるんじゃないかと思うし、冒頭に引用したようにジャズとジャズ以外のジャンルが相互に影響を与えあいながら進化している今のアメリカの音楽シーンの一端をわかってもらえるんじゃないかと思う。

2018年にブルーノートのジャズピアノの歴史を自分なりにまとめた『All God`s Children Got Piano』というコンピレーションをリリースした。ここではブルーノートの80年の歴史を編集し、ジャズの過去から現在までの縦の線を繋げるような選曲をすることができたと思っている。

今回、『Jazz The New Chapter Ternary』では同時代にジャンルをまたいで進化するジャズの横の線を繋げるような選曲ができた気がしている。普段は文章を書いたり、インタビューをすることで現在や過去のジャズの多様性を紹介しているが、コンピレーションの選曲という形でも同じようなことができたのではないだろうか。ロバート・グラスパーから、ケンドリック・ラマー、ジョン・バティステから挾間美帆まで、こういった幅広さをCDに収められたのは我ながらいい仕事だと思う。

このコンピレーションが誰かのジャズの入り口になることを願いつつ、この入り口から更なるジャズの深みにハマってしまうリスナーが増えることも僕は願っている。

あと、これで僕がDJをする時に便利なのでとても助かります。

柳樂光隆(Jazz The New Chapter)

※写真撮影:池袋KAKULULU




面白かったら投げ銭をいただけるとうれしいです。