見出し画像

ココロと言葉と行いが揃ったひと~中村哲さん『荒野に希望の灯をともす』レビュー

🌲地に足着ける

 わたしは報道で知る範囲でしか中村哲さんと同志の方々の偉業に触れてきませんでしたが、映画全編を通じて感じたことは「地に足着けた支援」でした。

 もちろん、アフガンの荒野と大河という大自然を相手になさった事業ですから、壮大で困難で到底わたしの想像及ばぬ困苦であったでしょう。

 ですけれどもその根本は見下ろす大地に足をしっかりと着けて、突拍子もないことや奇跡にすがるのではなく、地道に、真摯に、言葉を選ばなければ阿呆と言われようとも気ちがいと言われようとも、積み重ねるおココロだったと思います。

🌲🌲ほんとうの平等とは

 自然を抜きに人間同士だけで相談する世は過ぎたのではないか、という言葉に肚をえぐられるようでした。また、平和というのは戦争以上に積極的なものだ、という言葉にも自分を責められているような気持ちを持ちました。

 日本では、忖度、という言葉がまるで『大人の対応』のような織り込み済みのような状態でここ数十年ずっと来ているのではないかと思います。

 法の下での平等、という言葉が法治国家の根本であるはずですが、所詮それは人間の作った法律であって、法そのものが忖度であるならば法によって守られるのも忖度を受ける選ばれた人たちでしかないでしょう。

 犬猫の方がよほど正直だ、というのは比喩でも例えでもなく、草木鳥獣虫たちは、『自然』、というものの下に平等なのでしょう。

「人間は大自然の恵みのおこぼれにあずかって生きているに過ぎない」

 中村哲さんはそのココロになりきり、その通りの言葉を吐き、そして信じ難いことにはそれを現世においてほんとうに実行なさったわけです。

 おそらく中村哲さんが尊敬なさったという伝教大師最澄さまや、そのライバルであり真の盟友であった弘法大師空海さまは、今世における中村哲さんの姿と完全に一致していらしたのではないでしょうか。

 人間の前での平等ではなく、自然の前での平等

 戦争やあらゆる差別をも溶かすためにはこれがほんとうだろうと得心いたします。

🌲🌲🌲これでいいということはない

 用水が完成すると今度は100年に一度の大雨が洪水を引き起こし、それを受けて改修を行っても今度は無情にも人智を遥かに超える大干ばつに見舞われる。

 中村哲さんとその同志の方たちが凶弾に倒れたあと、残った現地の方たちが用水の改修を続ける姿が映画の最後に流れます。

 本音を言うと、まだ赦されないのか、という気持ちが起こりました。

 けれども、おそらくそうではないのでしょう。

 完成を超えた、更なる完成へと向けて闘う武士のような方たち。

 この映画に出て来られるパキスタンの方もアフガニスタンの方も、それを支えようと貧しき中から支援を行う名も知れぬ日本の方たちも。

 全員が全員、「まだだ、まだだ、これでよいということはない」と進んでいかれる姿こそが、おそらく人間の本当の姿なのでしょう。

 現地の方の言葉が素晴らしかったです。

「自分たちの手で国を立て直したいんだ。また農業がやりたいんだ」

 お顔は異国の方たちではありますけれども、まさしく大和魂を持った、同胞だと思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?