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270624 静寂

何から書こうか。

人間っていうのは何種類ぐらいの型があるのかな?
タイプとして。
その型別に相性ってものがあるのではないかとおもうんだけど、どうかな。
猫は相性ってものがある。
どうしてなかよしの猫と、お互いを避けたりけんかしたりする猫がいるのかふしぎ。

まあ人間の型は一個ではなく、たいてい複合的な面を併せ持っているので、単純ににぎやかなひと、静かなひとなどとは括れないときもある。

わたしはどうだろう。
やはり複合的な面があるから、静かな面が大きいけど、にぎやかな面も持っている。
繊細なほうだとおもうけど、がさつさも兼ね備えてる。
臆病であり大胆でもある。
やさしさのほうが大きいとおもうけど、冷酷さもしっかり入ってる。

わたしは🍂の家族が苦手だ。
それは結構致命的。
一緒にいるとめちゃくちゃに疲れてしまう。
それはわたしの問題で相手の問題ではないんだけど、相手の問題に見えてしまうのも距離を広げる一因になる。

週末からデヴォンにある🍂の妹の家に遊びに行ったのだ。
わたしはパフィンがすきで、ずっと見てみたいとおもっていたんだけど、その妹の家のある土地から2時間船に乗ると、パフィンの島があるのだった。

それが目的で行ったんだけど、
🍂の妹と🍂はおしゃべり王国の住民で、ほんと朝から晩まで、起きてから寝るまでずうううううううううううううううっと話しているのだった。
🍂はわたしといるときも基本おしゃべりだけど、ここまでとはおもわなかった。はっきりいってびっくりした。
こんなにしゃべり倒すひとだったんだ。
それがすごく水を得た魚状態で、わたしのことなんか忘れてしゃべってる。
2日間ほどならわたしも耐えただろう。
でも6日は長過ぎた。
うるさい。
わたしは英語がだいたいはわかるので、内容は耳に入ってくる。
無視しようにもわかるので、ずっと聞いている状態。
ときどきわたしも話すけど、彼らのようにずうっとは話せない。
日本語でも無理だろう。

で、
🍂が日本に来たときは、わたしの家族友人一同みんな、🍂中心に、🍂がわかるようにと英語を使って、或いは話せないなりに彼を気遣いながら、彼を決してひとりにはせず、最高に待遇よくしてくれたのだった。
わたしは1年に1回しか会えない家族や友人よりも、彼を最優先するようにした。彼を忘れて日本語で話しまくるようなことはなかった。
おかげで家族や友人と深い話をする暇は全くなかった。

🍂と妹はふつうにしていただけだった。
久々に会ったから、ただ話していただけだった。
話題は豊富で、彼女のすきな人の話が中心だったけど、政治経済、家の購入の話、彼女の子どもたちの話、彼らのお母さんの話、死んだお父さんの話、食べ物の話から歯医者まで、多岐にわたって、実況中継しているかのように目に入るものを話題に載せた。
わたしは車の後部座席でただ聞いていた。カフェでも、パブでも聞いていた。
朝のテーブルでも、夜のテーブルでも聞いていた。
3日目に切れた。
「聞いています」というポーズをやめ、スマホを見出した。
無口になったので、さすがに🍂は気づいた。
妹がトイレに行っている間に早口で「もう無理」と伝えた。
話せないし、もう英語を聞きたくない。
ほとんど拷問。

その日は夜ごはんはスキップし、ひとりでベッドルームにこもり、朝まで静かに過ごした。
🍂が「夜ごはんだよー」とベッドルームまでサラダを持ってきてくれたけど、「いらない」といって寝ていた。
英国ではこのような行為は「anti-social behaviour」と呼ばれる。

彼らは全くふつうにしていただけなんだけど、そして何が問題なのかもわからないんだけど、わたしは本当に参ってしまった。
誰が悪いんでもなく、これは相性の問題なんだとおもう。

4日目に🍂とふたりだけでパフィンの島にパフィンを見に行った。
この日は静かですばらしかった。
たっぷり自然の中で自分の羽が広げられた。
青い水面も、空も、緑の草も、花も、ハーブの香り漂う空気も、何もかもがそのままでそこにあって、ぼーっとしているだけでよかった。
でも、
わたしは🍂のおしゃべりとわたしの沈黙がどう折り合いをつけられるのかがわからない。
🍂に話したら、彼も静かな時間は必要で、でも、socialiseは大切、妹と3人で沈黙しているわけにはいかない、といった。
そりゃそうだ。
でも、わたしは苦痛なんですけど。
彼らが言葉でキャッチボールのようにやり取りをして笑っているのを聞いて、兄妹仲よくていいね、とおもうと同時にあーあ、わたしとはそんなふうに言葉のキャッチボールは無理だよな、と悄気る。
でも、わたしは口先だけでぺらぺらしゃべりたいわけじゃない。

5日目、車の後部座席で彼らの会話を聞いているのが苦痛すぎて、今度は本当に切れてしまった。
1時間の職場のオンラインミーティングの後だったから、余計にもうやめて〜となってしまい、車を降りてひとりでロンドンへ帰る宣言をし、荷物も何もかも妹宅へ置いたまま身一つで帰ろう!と瞬時に判断、慌てて「どういうことかわからない」という🍂に率直に、会話をずっと聞き続けているのが苦痛であること、それはわたしの問題であり、あなたたちの問題ではないこと、ひとりになりたいこと、静かにしていたことを伝え、ひとりで木影に覆われた道を上っていった。
デヴォンの小さい村の、いま自分がどこにいるのかもわからない状態なのに、ひとりになりたい!って強くおもった。
歩いて行くと、目の前に教会があった。
渡りに船とはこのこと。
ひんやりと冷たい教会に入るとひとがいたので「入って少し座っていてもいい?」と聞くと「もちろん」といってくれる。

座った途端に心身が解放されるのを感じた。
1時間ほど頭を空っぽにして静寂の中、座っていた。
時々よみがえってくる自分がいった言葉や🍂がいった言葉を反芻したけど、神さまが目の前にいるのでもう委ねた。

気が済んだので、
村で1時間に1本しか走っていないバスをつかまえ30分、次にローカル電車で1時間、そして大きな電車で3時間ちょっと、ロンドンに着いたらもう9時だった。

自分は、前は、こういう状況でもずっと耐えていたんだった。
居心地の悪さを無視して耐えていた。
ひとりで帰るなんておもいもしなかった。
でも、もう耐えられないようになっていて、年をとるにつれて丸くなるどころかその反対、鋭角を持つようになってしまった。

わたしは一体どうしたらよかったのかわからない。
妹も精一杯歓待をしてくれたのに。
でも、やっぱり無理だった。



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