見出し画像

海外の「選挙ブースト」を追う -フィンランド編-

海外の「選挙ブースト」

みらい選挙プロジェクトのはる氏によると、「選挙ブースト」とは「国政選挙の公示から投開票に前後して政党支持率が急上昇する現象」と定義されます。実際、日本の国政選挙の選挙期間中、もしくは選挙直後の政党支持率を見てみると大きな動きが見られることが分かります。私はもともと日本の選挙に興味を持つ前から特に欧州を中心とした海外の選挙の方に興味を持っていて、約2年前から欧州各国とカナダの政党支持率の動きを追い続けています。私が初めて「選挙ブースト」という単語を知った時は日本の選挙に当てはめてしか考えることができませんでしたが、徐々に「選挙ブーストは海外の選挙の場合でも当てはまるのだろうか?」と考えるようになりました。そして、そういった観点で政党支持率の動きを見てみると「これは選挙ブーストと言えるのではないか?」という例に何度も遭遇しました。実際、ツイッターの方で何度か「海外における選挙ブーストの例」としてツイートしたこともあります。今回、はる氏の著書の「武器としての世論調査」という本を読んで改めて「海外における選挙ブースト」について考え、それらをここにまとめてみようと思い立ちました。初めにどの国から紹介しようか迷いましたが、つい先日フィンランドで新内閣が発足したこともあり、フィンランドから紹介していくことに決めました。

注意しなければならない点

ここで最初に注意しなければならない点がいくつかあります。まず、フィンランドでは世論調査の種類が非常に少ないです。日本では主要な調査社は朝日、読売、NHK、共同通信など全部で11社ありますが、フィンランドではKantar TNS、Taloustutkimus、Tietoykkönenの3社しかありません。これは同じ北欧諸国のデンマークやノルウェーと比べても少ないです。そのため、参考にできる調査の数も必然的に少なくなってしまいます。また、調査の頻度が毎月一回と低いです。日本でも世論調査は毎月一回ですが、欧州の国の中には毎週世論調査が行われる調査社も珍しくありません。中にはデンマークのように選挙直前には毎日調査を行う調査社もあります。つまり、フィンランドでは参考にできる世論調査の数が少ないということになります。そのため、政党支持率の細かい推移を読み取るのが困難です。これらの点に留意してください。

フィン人党に焦点を当てて

フィンランドでは今年の4月14日に総選挙が行われました。選挙の結果、党首のリンネ率いる社民党が第1党となりました。この選挙では極右政党の「真のフィンランド人」(以下、フィン人党と表記します)が予想外の躍進を遂げ、第1党の社民党に0.2ポイント差の得票率17.5%まで迫ったことが注目されました。実は、この数字は事前に行われたどの世論調査の数字よりも高い結果です。なぜ世論調査の数字とここまでずれてしまったのでしょうか。ここで私はその原因は「選挙ブースト」にあるのではないかと考えました。ということで、以下より選挙前の世論調査を用いて「選挙ブースト」について「フィン人党」に焦点を当てて読み取っていこうと思います。なお、フィン人党以外の政党では選挙ブーストの可能性がある支持率上昇は特にみられなかったため、今回は言及しません。

世論調査と選挙結果を比較して「選挙ブースト」を検証する

では実際にフィンランドの世論調査を見ていきましょう。今回は選挙ブーストについて調べるということで、選挙に近い時期の世論調査だけをピックアップし、フィン人党の支持率のみを以下にまとめました。先ほども述べたように、フィンランドは選挙直前であっても世論調査の数は非常に少ないです。本来ならばグラフに世論調査の結果をプロットして表したいところなのですが、これだけ数が少ないと移動平均のグラフが不正確になってしまうので、今回はグラフは用いずに考えることにしました。

Kantar TNS 2/18〜3/15実施 11.1% 4/3〜4/7実施 15.0% (+3.9)
Taloustutkimus
2/6〜3/5実施 13.3%
3/6〜3/26実施 15.1% (+1.8)
4/1〜4/9実施 16.3% (+1.2)
Tietoykkönen
2/18〜3/3実施 11.2%
3/25〜4/3実施 13.4% (+2.2)

これを見るとフィン人党の支持率がどの調査でも上昇していることが分かります。つまり、選挙が近づくにつれてフィン人党の支持率が上がっていったことは間違いないでしょう。世論調査の数字と比べてみると、実際の選挙結果の得票率17.5%という数字は「選挙が近づくにつれて一気に支持を伸ばしていった」ということが言えるでしょう。そしてそれは「投開票に前後して支持率が急上昇する現象」である選挙ブーストではないかと考えることができそうです。

しかし、確かにフィン人党の支持率が伸びていったことは読み取れますが、なぜ世論調査は選挙結果に比べて低い数字を示していたのかは疑問に残ります。ここで世論調査が実施された日付を見てみましょう。Kantar TNSは4月3日から7日にかけて実施されています。Taloustutkimusは4月1日から9日、Tietoykkönenは3月25日から4月3日です。こうして見ると最も調査の最終日が選挙当日に近いTaloustutkimusですら調査の最終日から選挙当日までは5日間もあります。Tietoykkönenに至っては調査の最終日から選挙当日まで12日もあります。フィン人党が選挙が近づくにつれて支持を伸ばしていったことを考えれば、最後の世論調査が実施されてからも選挙当日までフィン人党の支持率は伸び続けていったのではないかと想像することができます。しかし、世論調査が実施されていない以上それを可視化する方法はありません。そのため、実際のところは憶測に過ぎない部分もあるかもしれませんが、次のような考えに至りました。

「世論調査が選挙直前に実施されなかったために選挙直前のフィン人党の支持率の伸びを捉えることができず、それゆえ世論調査の結果と実際の結果が乖離してしまったのではないか」

実はこの考えに至ったのははる氏の以下のツイートを見たことがあったからです。

そして、この時の立憲民主党と同じようなことが今回フィン人党でも起こったのではないかと考えたのです。

現地の記事から「選挙ブースト」を読み取る

ちなみに、フィン人党の終盤における支持率の伸びは現地の記事でも指摘されており、それについてTaloustutkimusの4月1日〜9日実施の世論調査の結果を伝える以下の記事に興味深い文章が載っています。以下にその部分を引用します。

原文)
Taloustutkimuksen tutkimusjohtaja Tuomo Turja sanoo, että perussuomalaiset ovat saaneet paljon uusia kannattajia niistä, jotka eivät äänestäneet edellisissä eduskuntavaaleissa ollenkaan. 
訳)
Taloustutkimusの世論調査担当のTuomo Turjaは「フィン人党は前回の投票で投票に行かなかった多くの新たな支持者を獲得している」と言っている。

これはまさに選挙ブーストが起こる理由として挙げられている「無党派層が新たな支持層として獲得される」ことに今回のフィン人党の例が当てはまっていることを意味するのではないでしょうか。また、同記事中には以下のような文章もあります。

原文)
Myös ilmastonmuutoskeskustelussa perussuomalaiset ovat onnistuneet tarjoamaan selvän vaihtoehdon ja erilaisen kannan verrattuna muihin puolueisiin. Ja Halla-aho on ilmeisesti onnistunut myös kampanjan vetämisessä, Borg sanoo.
訳)
「気候変動の討論でフィン人党は他党と比べて明確な代替案や異なった立場を提示することができていた。そしてハッラ・アホ(補足:フィン人党党首)は見たところ選挙キャンペーンで成功していた」とBorg(選挙の専門家)は言っている。

これを見ると選挙運動や討論会においてフィン人党が他党に比べ優位に立っていたことが読み取れます。そのことがフィン人党が新たな支持層を獲得することができた理由ではないかと考えられます。一方で、4月3日から7日に行われた以下のKantar TNSの世論調査の記事にも注目すべき文章が載っています。

原文)
Nurmela sanoo, että esimerkiksi jopa viidesosa perussuomalaisten tämänhetkisestä kannatuksesta on peräisin ihmisiltä, jotka eivät äänestäneet kuntavaaleissa lainkaan.
訳)                               Nurmela(補足:Kantar TNSの世論調査担当)は「現在のフィン人党支持層の5分の1は前回の地方選で投票に行かなかった人である」と言っている。

ここで補足なのですが、ここでいう地方選とは2017年に行われた地方選を表しており、この時の選挙でフィン人党は得票率を大きく減らしています。さて、ここでもフィン人党が新たな支持層を獲得したことが書かれています。フィン人党が「新たな支持層を獲得する」という選挙ブーストが起こる理由の一つを満たしていたことは確実ではないかと考えられます。

フィン人党の選挙後の支持率から「選挙ブースト」を検証する

それでは最後に、選挙が終わった後のフィン人党の支持率の動きを見ていきたいと思います。

Kantar TNS
4/16〜5/3実施 18.7%
5/6〜6/2実施 18.2% (-0.5)
Taloustutkimus
4/15〜5/7実施 18.8%
5/13〜6/4実施 19.5% (+0.7)
Tietoykkönen
5/3〜5/14実施 19.2%

選挙前の世論調査と比べてみると明らかに支持率が上がっていることが分かります。更に言えば選挙結果の得票率17.5%よりも高い数字です。これは全ての調査社で共通した傾向のため、信頼できる結果だと考えられます。そして、この選挙前と比べた支持率の変化も選挙ブーストの定義である「投開票に前後して政党支持率が急上昇する現象」にそのまま当てはまっていると言えるでしょう。特に今回の場合は「投開票に前後して」の「後」の部分です。

また、はる氏は選挙ブーストは「一時的な関心の高まりによる支持率上昇で、選挙後に支持率が下がって元に戻る」場合と「支持層の拡大によって支持率が段差となって残る」場合の二種類があると指摘しています。まだ現時点では選挙が終わってから2ヶ月ほどしか経っていませんから、今回のフィン人党の例が二種類のうちどちらに分類されるのかはっきりと判断を下すことはできませんが、それについても考えていきたいと思います。

Kantar TNSとTaloustutkimusは既に選挙が終わってから2回世論調査を行なっています。それぞれの選挙が終わってから1回目と2回目の結果を比べてみるとKantar TNSは0.5ポイント減、Taloustutkimusは0.7ポイント増といずれも誤差の範囲に収まっており、ほぼ横ばいであると言えます。つまり、選挙ブーストによって投開票に前後して上昇したフィン人党の支持率は選挙からおよそ2ヶ月経った今でも維持されていると考えられます。今後もこの水準の支持率が維持されるようであれば「支持層の拡大によって支持率が段差となって残った」と言えるでしょう。これに関しては今後の世論調査に注目していきたいと思います。

最後に

今回は「選挙ブースト」が日本のみならず海外でも見られるのではないかという視点でフィンランドの政党であるフィン人党に焦点を当てて分析していきました。グラフを用いて視覚的に表現することができなかったのは残念でしたが、フィンランド以外にも「選挙ブースト」が疑われる事例はいくつもあるので、今後も海外の「選挙ブースト」について紹介していこうと思っています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?