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混沌としたスウェーデン政治

スウェーデンでは今年9月9日に総選挙が実施されました。総選挙の結果、社民党が議席を減らしながらも第一党を死守した一方で極右政党のスウェーデン民主党が躍進しました。ところが、総選挙から3か月以上たった今も連立協議が続いており、次期首相が誰になるか、どの政党とどの政党が連立を組むかもまだ決まっていません。連立協議に時間がかかるのは比例制を導入している多党制の国ではよくあることですが、小選挙区制の日本に住んでいると理解するのが難しいかもしれません。そこで、今回は一体スウェーデンで何が起こっているのかをなるべくわかりやすく書いていこうと思います。かなりの長文なので、ある程度スウェーデン政治について知識がある方は序盤は読み飛ばしても問題ありません。

①左派と右派に分かれたスウェーデンのブロック政治


まずはスウェーデンの選挙に関する基本的な情報です。ノルウェー、スウェーデン、デンマークではほとんどの主要政党は「左派ブロック」「右派ブロック」のいずれかに分かれています。選挙ではそれぞれのブロックに所属する政党の合計議席数が多かった方のブロックが勝利となり、次期首相を選出することができます。合計議席数というところがポイントで、たとえブロック内の特定の政党が大量に議席を獲得したとしても他の政党が苦戦した場合は合計議席数では相手のブロックに負けることがあります。例えばデンマークでは前回選挙(2015年)で社民党が第一党となりましたが、社民党と同じく左派ブロックに属する他の政党が議席を減らしたためにブロック別では右派ブロックの議席数が上回りました。そのため、社民党は第一党だったにも関わらず野党に転落することになりました。
スウェーデンでは左派ブロックには社民党と緑の党、左翼党の3党が属しており、右派ブロックには穏健党とキリスト教民主党、自由党、中央党の4党が属しています。極右のスウェーデン民主党はいずれのブロックにも属していません。この点は極右政党が右派ブロックに属しているノルウェーやデンマークとは異なります。

②スウェーデンの主要政党

次に各主要政党のおおまかな立ち位置を見ていきます。左派ブロックに属するのは社民党、緑の党、左翼党の3党です。社民党は他の国と同じで社会民主主義を掲げる中道左派政党です。緑の党も他のヨーロッパの国と同じで環境主義を掲げる政党で、中道左派に位置しています。左翼党は名前からわかるように左派政党で、社民党や緑の党よりも左に位置し、スウェーデンの主要政党の中では最左派です。また、左翼党は反EUでもあり、この点で親EUである社民党や緑の党とは異なっています。スウェーデンでは左派ブロックが選挙で勝利した場合は社民党と緑の党が連立を組み、左翼党が閣外協力するというのが一般的です。一方で右派ブロックに属するのは穏健党、キリスト教民主党、自由党、中央党の4党です。穏健党はヨーロッパでよくある中道右派政党で、保守主義、経済自由主義を掲げています。。穏健党は右派ブロックの中で最大政党であり、右派ブロックが勝利した場合は穏健党の党首が首相になります。キリスト教民主党はドイツのCDU(キリスト教民主同盟)と同じくキリスト教保守の政党です。ただしCDUに比べるとかなり小規模の政党で、CDUよりもやや右寄りです。自由党はその名の通り自由主義政党です。自由党は穏健党やキリスト教民主党に比べると中道寄りの政党で、リベラル保守、経済自由主義、自由主義を掲げています。中央党は右派ブロックの中で最左派に位置する政党で、ほぼ中道政党といえるでしょう。リベラル保守、経済自由主義、農本主義、社会自由主義を掲げています。右派ブロックに属する4党は右派寄りの穏健党、キリスト教民主党と中道寄りの自由党、中央党にさらに二分することができます。これが今回の連立協議をややこしくしている原因なので、この点はよく覚えておいてください。忘れてはならないのが左派ブロックにも右派ブロックにも属さないのはスウェーデン民主党です。スウェーデン民主党は反移民、反EU、社会保守主義を掲げる極右政党です。スウェーデン民主党は右派政党にも関わらず社民党のように福祉国家を重視しています。この点で新自由主義政党である穏健党など他の右派政党とは大きく異なっています。まとめると以下のようになります

(極左) -
(左派) 左翼党
(中道左派) 社民党  緑の党
(中道) 中央党
(中道右派) 穏健党  自由党
(右派) キリスト教民主党
(極右) スウェーデン民主党

③選挙結果

では、これらの基本事項を踏まえた上で今回の選挙結果を見ていきましょう。各政党の獲得議席数は以下の通りです。カッコ内は各政党の略称です。これはアメリカの選挙で民主党をD、共和党をRと略すようなものです。

社民党(S) 100議席 
穏健党(M) 70議席
民主党(SD) 62議席
中央党(C) 31議席
左翼党(V) 28議席
キリスト教民主党(KD) 22議席
自由党(L) 20議席
緑の党(MP) 16議席

左派ブロック 144議席
右派ブロック 143議席
スウェーデン民主党 62議席

過半数には175議席必要

これを見ると左派ブロックも右派ブロックも過半数割れしていることが分かります。また、左派ブロックと右派ブロックの議席数差はなんとたったの1議席です。しかし、1議席差でも左派ブロックの勝利は勝利です。そのため、選挙後まずは社民党の党首で現首相のロベーンが組閣を模索することになりました。

④組閣のルール

ここでスウェーデンにおける組閣のルールについて説明します。新内閣が成立するためには信任投票で信任されなければなりません。信任投票で不信任になった場合、組閣失敗となり、組閣をやり直さなければなりません。あるいは別の党の党首が首相候補となり、新たな組閣を模索します。しかしここで重要なのは信任投票では過半数の信任を得る必要はなく、過半数の「不信任」がなければいいのです。このようなシステムは英語で「negative parliamentarianism」と呼ばれ、スペイン、デンマークなどでも採用されています。このシステムでは「棄権」が重要な意味を持ちます。というのも、過半数の不信任さえなければよいのですから、棄権は「不信任ではない」ということになり、これは「消極的」に組閣を受け入れるということを意味します。例えば、今まで不信任票を入れるつもりだった政党が棄権に回ると不信任票が過半数を下回る場合があり、そうなると組閣は成功となり、その政党は組閣を間接的にアシストしたことになるのです。そのため、組閣を模索している政党は不信任票を投じる見込みの政党をなんとか宥めて棄権に回ってもらうことが組閣の成功につながります。このシステムは政党が乱立してなかなか過半数の信任を得るのが難しい多党制の国では有効です。なお、スウェーデンでは信任投票でなかなか決まらない場合は最終的に再選挙となります。再選挙までには4回信任投票を行うことができます。逆に言えば4回信任投票に失敗すると再選挙になります。

⑤連立政権樹立への厳しい道のり

さて、組閣を模索する社民党党首のロベーンですが、9月25日に行われた信任投票で不信任となりました。以下はその結果です。

首相候補:ロベーン(社民党党首)

⭕️信任 142票
社民党
緑の党
左翼党

❌不信任 204票
穏健党
キリスト教民主党
自由党
中央党
スウェーデン民主党

結果:不信任票が過半数の175票を超えたため不信任❌

スウェーデン民主党が右派ブロックに同調して不信任に回ったため、不信任となりました。ただ、これは選挙結果から予想できたことであり、驚きはありません。なお、この信任投票は「4回信任投票に失敗すると再選挙」の中には含まれません。したがって信任投票に失敗した回数はこの時点ではまだ0回です。

ロベーン主導の組閣が失敗に終わったことで次に右派ブロックで最大政党である穏健党の党首クリステルソン主導で組閣が模索されることになりました。

普通に考えればロベーン主導の組閣に対し不信任票を投じた右派ブロックの4党とスウェーデン民主党が協力すれば過半数の信任を得て右派政権が成立しそうです。実際、スウェーデンと同じ北欧諸国のノルウェーやデンマークでは中道右派政党と極右政党が協力して政権を担っています。しかし、スウェーデンではそうはいきません。ここでさっき「右派ブロックに属する4党は右派寄りの穏健党、キリスト教民主党と中道寄りの自由党、中央党にさらに二分することができます」と書いたのを思い出してください。右派寄りの2党はスウェーデン民主党との連立を否定しているものの、閣外協力としてスウェーデン民主党の協力を得ることは否定していません。一方で中道寄りの2党はいかなる形でもスウェーデン民主党の協力を得ることはしないと断言しています。その後、クリステルソン主導の組閣は11月14日の信任投票で不信任となりました。以下はその結果です。

首相候補:クリステルソン(穏健党党首)

⭕️信任 154票
穏健党
キリスト教民主党
スウェーデン民主党

不信任 195票
社民党
緑の党
左翼党
自由党
中央党

結果:不信任票が過半数の175票を超えたため不信任❌

スウェーデン民主党の協力を得ることに断固反対の自由党と中央党が不信任に回ったために、クリステルソン主導の組閣は不信任となりました。これによって今まで歩調を合わせてきた右派ブロックは分裂しました。とは言っても、自由党や中央党は穏健党党首が首相になることに反対しているわけではなく、穏健党やキリスト教民主党を裏切るつもりがあったわけではありません。ただ、極右のスウェーデン民主党の影響力を排除するためには不信任に回らざるを得なかったのです。さて、これで1回目の信任投票失敗となりました。再選挙までに行える信任投票はあと3回です。

ロベーンによる社民党主導の組閣とクリステルソンによる穏健党主導の組閣は共に失敗に終わりました。これは二大政党がいずれも組閣できなかったということであり、スウェーデン政治では異例のことです。この事態を打開すべく、今度は中央党党首のルーフが組閣を模索します。中央党は中道政党であり、社民党や穏健党とは違い幅広い党派の支持を得ることができるかもしれないという期待がありました。

しかし1週間後、結局ルーフによる組閣の模索は信任投票以前のところで頓挫して失敗に終わりました。今回は信任投票を迎える前に頓挫したため、「4回信任投票に失敗すると再選挙」の中には含まれません。したがってこの時点でもまだチャンスはあと3回残っています。

ルーフは失敗の原因は社民党と穏健党にあると両党を批判しました。これはどういうことなのでしょうか。中央党は穏健党と社民党の両党を巻き込んだ連立政権を望んでいました。しかし、それに対して社民党も穏健党も反対したのです。社民党の言い分は「第一党は我々なのに、中央党党首が首相となるような政権に入ることはできない。首相は第一党である社民党から出すべきだ」です。一方で穏健党の言い分は「例え社民党が首相を出さなかったとしても、社民党と政権を共にすることはしない」です。両者が全く噛み合っていません。

社民党も穏健党も中央党も組閣が失敗に終わってしまいました。そこで、社民党が再び組閣を模索することになりました。しかし、社民党が組閣を模索したところでこのままではまた失敗するのは目に見えています。そこに自由党と中央党が救いの手を差し伸べました。両党は「自党の政策を新内閣で取り入れてくれれば信任投票で棄権することも検討する」と表明しました。先ほど説明したように信任投票では棄権が重要な意味を持ちます。前回、不信任票は204票でした。一方で自由党と中央党の合計議席は51議席(自由党20議席、中央党31議席)です。すなわち、前回不信任票を投じた自由党と中央党が棄権に回れば不信任票は153票(204-51=153)となり、過半数の175票を下回るため信任ということになります。

しかし、結局社民党と自由党、中央党による交渉はうまくいかず、自由党と中央党は次の信任投票でも不信任票を投じることを表明しました。その結果、12月14日に行われた信任投票でロベーン主導の組閣は不信任となり(詳しい結果は省略します)、振り出しに戻ってしまいました。そして12月下旬の今に至るまで連立政権樹立の見通しは全く立っていません。9月9日の総選挙から実に3ヶ月以上が経過しています。また、今回で信任投票失敗は2回目となりました。したがってチャンスはあと2回です。既に次の(つまり3回目の)信任投票は来年の1月16日に行われる予定です。それでも決まらなかった場合は1月23日に最後の(つまり4回目の)信任投票が行われます。そこで決まらなければいよいよ再選挙となります。その場合、再選挙は来年の4月21日に実施される予定です。

⑥何が政権樹立を難しくしているのか

なぜここまで長引いてしまっているのでしょうか。よく言われる理由は「極右のスウェーデン民主党が躍進したことで左派も右派も過半数を取れなかったから」ですが、それは正しくありません。なぜなら、前回(2014年)の選挙でも左派も右派も過半数を取れなかったのは同じだからです。にも関わらず前回は1回で組閣に成功しています。今回と前回で大きく違うのは「各党の思惑が全く噛み合っていない」ことです。以下に各党の思惑を簡潔にまとめました。

〈社民党〉
・社民党+緑の党+中央党+自由党の連立政権に左翼党が閣外協力するのが理想
・社民党から首相を出したい
・スウェーデン民主党とは絶対に組まない

〈左翼党〉
・社民党主導の政権以外には協力しない
・スウェーデン民主党とは絶対に組まない

〈中央党、自由党〉
・穏健党党首が首相となる形で右派ブロックと社民党の連立政権が理想
・スウェーデン民主党とは絶対に組まない
・社民党が自党の政策を取り入れてくれれば社民党主導の政権を容認してもよい

〈穏健党、キリスト教民主党〉
・穏健党党首が首相となる形で右派ブロックにスウェーデン民主党が閣外協力するのが理想
・スウェーデン民主党とは連立しないが、閣外協力ならば許容
・社民党とは絶対に政権を共にしない

〈スウェーデン民主党〉
・穏健党党首が首相になる形の連立政権に協力する準備はできている

まず、社民党の理想とする社民+緑+自由+中央の連立政権に左翼党が閣外協力する形ですが、今のところ社民党と自由党、中央党の合意がなされていないため現時点では実現しそうにありません。ただ、実現するとすればこれが最も可能性の高い連立の形ではないかと思います。次に自由党と中央党の理想とする穏健党党首が首相になった上での右派ブロックと社民党の連立政権ですが、穏健党が社民党とは政権を共にすることはないと拒否しているため実現の可能性はありません。穏健党とキリスト教民主党の理想とする右派ブロックにスウェーデン民主党が閣外協力する形の連立政権ですが、自由党と中央党がスウェーデン民主党と組むのは絶対に反対なのでこれも実現の可能性は極めて低いです。

⑦鍵を握るのは自由党と中央党

総選挙となる前に組閣が成功するかどうかは自由党と中央党の動向にかかっています。自由党と中央党が社民党主導の政権を信任投票で棄権することによって事実上容認すれば社民党政権は成立し、ロベーン首相は続投となります。逆に両党が穏健党主導の政権に対する信任投票で棄権すれば穏健党政権が成立します。つまり両党がキャスティングボートを握っているということです。今後は両党の動向に注目したいところです。

長文になってしまいましたが、今回はここまでです。スウェーデン政治に関しては日本語の情報が非常に少ないので、日本語でスウェーデン政治の情報を得られるようにしたいという思いからこの文章を書きました。参考になると有難いです。







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