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丸玉食堂

オグリキャップは強かった。軸に馬券を買えば手堅かった。場外馬券売場の道路を挟んだ向かえに、老舗の台湾料理店があり、馬券を取れば祝杯を上げに行きました。 大将の息子さんは、大学でスポーツをやっていたみたいで、いいガタイをしていて、店を手伝っていると後輩がやって来ていました。 ここは自家製の平打ち麺で、豚足で紹興酒を飲んだ〆で、いつも汁そばを頼んでいました。 時代が昭和から平成、そして令和になっても、大将の姿は昭和から変わりませんでした。 いつものように、店に行って数日後

    • ギロック フランス人形

      先生から大人の音楽イベントの話をお聞きした時、ある曲を演奏しようと思いました。 5年前に急逝したピアノ仲間の思い出の曲です。彼女はこの曲をとても気に入ってくれていました。 そして、不思議な体験から、弾くようになった曲です。 今から25年前に故郷が未曽有の災害に襲われました。瓦解寸前の家から荷物を持ち出している時、オルゴール人形は持ち出せないなと思った瞬間、突然、音が鳴り始めました。 この曲を弾くと、人形のことを思い出します。 存在は失われても、人の記憶に残れば、永遠

      • 監督、空へ

        近所に若いご夫婦が引っ越して来ました。奥さんは優しい方で、子供だった私は、とても可愛がって頂いていました。 ご夫婦にもお子さんができました。しかし、たまにやって来るお婆さんは浮かない顔をしていました。 ”うちの孫はずっと舌を出している。。。” 彼は阪神が好きでした。ナイター放送が始まると、大きな声が聞こえてきました。 チャンスで凡打した時の ”何しとるんや!” が口癖でした。そして、チャンスで打つと ”イエーイ!” という声が、近所中に響き渡りました。 学校

        • 村上春樹さんの『猫を棄てる 父親について語るとき』

          この本の父親というのは、私の予備校時代に古典を担任されていた、村上千秋先生のことです。 自分の知っている人物が本になるのは、不思議な感じがしました。 村上先生は京都の御公家さんのような雰囲気で、受験技術を教える予備校では異色の存在でした。時折、全く授業とは関係のない話をされることもありました。 印象に残っているのは蓴菜の話です。知人から美味しい食べ物があると、蓴菜の採れる沼に連れて行って貰ったことがあったそうです。採れたての蓴菜は美味しかったと、食べる仕草をしながら話さ

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