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ちゅん太のいた夏(第六回)

【平泉の世界遺産】

古川駅で行先を考えた。とりあえず一関ぐらいまで行く?平泉もあるしね。そうだ思い出した!平泉は世界遺産だよ。世界遺産に登録された頃いろいろニュースでやっていて、ちょっと気になってた。弁慶と牛若丸とか、面白いよね。知ってる?弁慶の立ち往生。知るわけないか。

    「キミがおもしろいなら それでいい」

そうやってたまに男前な感じを挿んでくるよね、ちゅん太クン。松尾芭蕉もここで句を詠んだの。ちゅん太に、旅姿のおじいさんが立ち止まって、短冊に筆で字を書いているイメージを送ってみた。芭蕉がこんな感じで句を詠んだのかどうかぜんぜん知らないけど。確かノートみたいなものに、メモ書きみたいに書き溜めていたんだっけ?

    「ヒトは みたことを かいておかないと おぼえられないの?」

覚えておくために書き残すこともあるけど、この場合、忘れちゃうからじゃないの。なんだろう、人に見せていいね!って言ってもらうためかな?心に深く残るようにするというか。もっと素敵に覚えておくためというか。

    「ステキにおぼえるとか イミわからない」

    「みたまま そのままおぼえていないと あとでこまらない?」

ちゅん太クンだって、ママのことは素敵に覚えていたじゃない。

    「ママは だれがみても ステキだった!」

そう言って気色ばんだ後、ちゅん太は黙り込んでしまった。感情的になったちゅん太を見たのは初めてで、ちょっと驚いた。
自分に起こった出来事を、淡々と受け止めていたように見えて、やっぱり子供?だものね。雀的には大人か。まあいいや。この前一緒に見た樹の実も、毒入りかそうでないかうろ覚えじゃ困るから、正しく記憶しておくのは大事だと思う。でも本物よりキレイにとっておきたい記憶ってものも、あるでしょ。人間の場合、もちろん好きな人の場合もあるし、あとは風景だったり、季節の変わり目だったり、何気ない一瞬だったりもするの。今は写真があるから、パシャっとやってそれでおしまいなわけだけど。
しばらく黙ったあと、ちゅん太がボソッと伝えてきた。

    「そのおじいちゃんの かいたコトバ あとでおしえて」

    「ボクに わかるかな」

そんな話をしながら、一関でホテルを探した。観光地化されてきて、宿泊場所には困らなかった。まあまあ手頃なホテルで、温泉じゃないけど大浴場付きが見つかった。ゆったりできていい。

    「あしたは キミの おもしろい ばしょ みにいく?」

そう。なんか足湯で出会ったおじいさんの言う通りになってきたけど、これが本来の旅の目的のひとつってこと。いろんな史跡とか見て、昔の人のことを考えたりするの。

    「むかしのヒトって しんだヒト?」

そうね、だいたい死んでる。ちゅん太クンは、ちらっとママのことを考えていたみたいだけど、そのまま深い思考に沈んでしまった。さて、今日はもう寝よう。

【キレイな横顔の山ガール】

次の朝、ホテルのフロントで揉めている人を見かけた。年齢も背格好も私と同じぐらいの女性だった。顔ははっきり見えなかったが、化粧っ気のない、でもどちらかと言えば美人の部類の横顔だった。今から富士登山に行くような、張り切った山ガールファッションで、こんな街中のホテルには違和感があった。朝食バイキングで食事をして戻ってくると、まだ揉めていた。
ホテルの外からエントランス越しにこちらを見ていたちゅん太が「あのヒト ふつうのヒトと ちょっとちがうね」と伝えてきたので、興味がわいた。もちろんちゅん太が言っているのは、見た目ではなく中味の話だ。余計なお世話はしないつもりだったが、もう禁を破って助け舟を出すことにした。ホテルマンの方に。「ここから平泉までタクシーで行きたんですけど」
「あ、すいません、少々お待ちいただけますか」とフロント係は申し訳なさそうに言った。
「待てません。タクシー呼んでいただけませんか」と、私はかぶせるように話した。女性が、自分の用件を邪魔されたとばかりに割って入ってきた。
「あの、こちらの話が済んでからでいいですか」
「話って、さっきから何のクレームですか」とワザとイラついた風に返してみた。
「クレームって、そんな。部屋を勝手に変えられて困っているんです。変えられたくないんです」
そこから10分ほど、二人から揉め事の内容について説明を受けることになった。早い話が、宿泊した部屋が変えられてしまいそうなので、そんなことはしないで欲しい、という彼女の話した通りの内容だった。フロント係は憔悴しきった顔で、「ですから、下の階の方から水漏れの連絡がありまして、雨水なのか、浴室・洗面からなのか、すぐに部屋を空けて点検させていただきたいんです。そうでないと他の部屋にも影響が出るので」替わりに最上階の一番広い部屋にアップグレードしたのだという。通常であれば美味しい話だ。
「山側でないと困るんです」山ガールは言った。「中尊寺側でないと」
一関から平泉の中尊寺まで直線距離で7kmほどあり、ホテルから見えるわけではない。しかし、何を勘違いしたのか、そう思い込んで予約し、その通りでないと困ると言い続けているわけだ。
ちょっとした提案をしてみた。
「あの、今から私も行こうと思っているんです。中尊寺。ここで押し問答していても時間のムダですよね。とりあえず一緒にタクシーで行きませんか?戻ってきたら、いろいろと解決しているかもしれませんよ」
中尊寺に行こうと促されて、注意はこちらに向かったようだった。
「どうしてあなたと一緒に行かなければいけないの」
「図々しいですけど、タクシー代割り勘にしません?バスより時間が自由で速いし、そうするとありがたいんです」
「それは一緒に行った結果そうなるのであって、どうして私となの?ということを訊いているんです」
「お一人ですよね?二人組で行動すれば、このあとも何かと都合がいいです。ダメですか」
一人旅だとおじいさんに説教されるし、ホテルも微妙に快く思ってないし、ちゅん太が言うところの「違い」も気になっていたので、ついこんなことを口走ってしまった。ちゅん太もいるけど、人間の道連れも必要よ。
彼女はしばらく考えていたが、「だって、日本の国宝第1号ですよ。昭和26年、西暦1951年。世界遺産登録は平成23年、西暦2011年。これは絶対見なければいけないって思うし、あなただってそうですよね。」と突然まくし立てた。それでいい、という返事なのだろうか?すぐ出かけられるのだろうか?彼女が朝食を摂ったのかどうか気になったが、早速ホテルを出ようとしている。財布や手荷物は、なぜか準備よく全て持っていた。
彼女の中尊寺トークは止まらなかった。逆に背中を押されながらタクシーに乗り込み(ちゅん太もスキを見て滑り込みでバッグに入った)、行き先が告げられた。運転手がガイド代わりに平泉の歴史の話をしようとしたが、彼女が圧倒的な知識とマシンガントークで遮った。
平泉に到着し、月見坂を登りながら気がついた。「そういえば、名前も聞いていなかったですね」
彼女は「アサヒ」と言った。名字か名前かわからなかったので聞き直すと、「ウエノアサヒ」とフルネームを言った。東京でグラフィックデザイナーをしている。年齢を聞くと私より2歳上だった。どうやら私と同じような理由で長期休暇を取り(取らされた?)、私より強い気持ちで中尊寺詣でを決め、準備万端整えて昨日到着、そして今朝大騒ぎをしたというわけ。
私のことは下の名前だけ聞いてあとはまた中尊寺の話に夢中になった。石段の上に佇む外観は本来のお堂にかぶせた覆いであること、豊臣秀吉が、収めてあったお経を京都に運び去ってしまったことなど、見てきたように教えてもらった。インターネットを調べ、本も取り寄せ、だいぶ研究したらしい。タダでガイドしてもらって、私は大助かりだ。バッグの中からちゅん太が話しかけてきた。

    「もう でてもいい?」

ごめん、忘れてた。バッグをウエノさんのブラインドになるようにして、ちゅん太を解放した。

    「このヒト さいきんの キミに にてる」

どのあたりが?

    「かんがえたこと そのまま はなす」

そして行動の結果も同じようになってるみたいね。人を困らせたり、イライラさせようと思ったら、考えたことをそのまま話すのが近道ってこと。でも同じようでいて、どこかが違う気もするんだけど。

    「はじめから ふるいが ないタイプ」

話す時にコミュニケーション用のフィルターを使うのが面倒なのと、初めからないのはだいぶ違う。棘のある言葉を抑制する “ふるい”がないのは相当に厳しいと思う。私は最近そんな感じになっただけだけど、きっと彼女は生まれてからずっとそうなんでしょ?

    「ずっと だとおもう」

その間も、ウエノさんは清衡・基衡・秀衡・泰衡のミイラの話を続けていた。自分の興味が有ることは、話すのが止まらくなってしまうようだ。

    「このあたりが キミとちがう」

    「キミは ヒトの はんのうが きになる」

私は、つい他人に合わせてどっちでもいい、とか言っちゃうけど、ウエノさんはよくない。自分が基準。
その後毛越寺へ行って、極楽浄土の話をした。天国ってあるのかな。あるとして、私たちは行けるのかな。なんて話を振ってみたが、あまり関心はないようだった。でもなぜか一緒に居て疲れなかった。話していることに裏がない。他人の反応を見るために会話しているのではないのだ。素晴らしいものは素晴らしい。つまらないものはつまらない。話すことは全て、彼女そのまま。それは心の中までお見通しのテレパシー雀、ちゅん太クンからも折り紙つきだ。
一日平泉を見て回って、ホテルに帰ってきた。フロント係が飛んできて、元の部屋の隣の方にアップグレードしていただき、ウエノさまのためにそちらのお部屋を確保いたしました。と意気揚々と報告した。しかし中尊寺見物という本来の目的が果たせたウエノさんは、「ありがとうございます」と無表情に伝えるのみだった。フロント係はキョトンとしていた。
その夜私の部屋で話をした。情報を探すのは得意だが、地図とか位置関係の把握はどうも苦手らしい。東北地方の背骨のように横たわる奥羽山脈に、当然中尊寺も鎮座していると単純に思い込んだようだった。山の天気は変わりやすい。ホテルの部屋から山地を眺め、逐一天候の変化を確かめてから登りたい、という風に考えたのだという。山ガールファッションも登山に備えて仕入れたらしい。
そそっかしさといい、予定外のことに対する拒否反応といい、細かいことに準備万端する力加減のチグハグさだったり、これまで人生大変だったろうなあと想像した。デザイナーという仕事はそれがいい方向に作用する場合があるのだろうか。
眠くなってきたので、明日の予定を訊ねてみた。「明日、どうします?」
「明日ももちろん行きますよ。中尊寺。今日は予行演習」
「え、そうなんですか…」
というわけで、結局次の日も中尊寺参りをした。特に予定があるわけでもないし、彼女と同行したいと言ったのはそもそも私だ。年齢も近く性別も同じ彼女と居ると、鏡の中の自分を見ている気がしないでもない。ますますあの足湯の老人の言う通りだ。
次の日、中尊寺の至る所で、ウエノさんはしきりに目の前で両手の親指と人差し指で四角を作り、構図を確認しているような仕草をしていた。ちゅん太は早々にリリースして、外の空気を存分にエンジョイしてもらっている。
「黄金比って知ってます?」とウエノさんが訊いてきた。「ギリシャの神殿とか、名刺の縦横とか」
「キレイな長方形の比率のことですよね?」
「日本の場合は、もうちょっと真四角に近い、白銀比が好まれるの」
「白銀比?」
「そう。黄金比は1対1.6ぐらい。白銀比は1対1.4ぐらい。あと正方形が好きなの。日本人は」
「へえ~そうなんだ」
「だからこういう日本における神殿も、その比率になっているか、確かめたいの」
と言って、指で四角を作ったり、写真を撮ったりしてあちこちを調べていた。まあ「神殿」ではないのだけれど、言われてみれば金色堂にしろ、周辺にある他のお堂も、正面から見ると、ギリシャ神殿よりは正方形に近いかもしれない。「何か理由があるのかしら」と訊くと、ウエノさんはこんなことを答えた。
「わからない。でも実際そうだから。なんでもフレームを付けて見るのって、面白くない?世の中を、自分の思い通りに切り取るの」
そう言って無邪気に笑ったウエノさんは、どんな風に世界を切り取っているのだろう。その四角いフレームの中に、どんな風景が映っているのだろう。
でも問題なのは、私がそうなりかけているように、他者から自分の居場所をバッサリ外側に切り取られていないかどうかだ。ウエノさんは、顔だけ見れば年よりも若く見える美人だ。空気を読まない感じが、純粋さだったり切れ者っぽさを強調してもいる。でもそこに惹かれて彼女に接すると、最終的には相当な違和感と直面することになるはずだ。例えば、ひどく傲慢に見える場合があるのではないだろうか。一方で、彼女の「調査能力」にフォーカスすれば、こんな頼りになる人はいない。

    「これから どうする?」

ちゅん太がどこかの木の梢から訊いてきた。それは今日の話?旅の続きの話?

    「どっちも」

そうね、しばらくウエノさんと一緒に行動しようと思う。彼女と自分がだいぶ重なるような気がして、これからどうするべきか客観的に確かめられるかもしれない。あ、ごめん、客観的って言葉じゃわかんないか。

    「ほかの ヒトから みたかんじ?」

    「キミは それを きに しすぎる」

そうなの。自分がどう見られるか、気にしすぎてもいけないし、気にしないのもマズイ。そのバランスがおかしくなってる。ウエノさんはそのヒントになる気がするの。なんだか利用するみたいで悪いけど。

    「かのじょのために なにかすれば おたがいさま」

雀からお互い様なんてイメージを伝えられるとは思わなかったわ。どこで学習したの…って言おうとして、「バカにしてる?」ってちゅん太クンに言われそうな気がしてやめた。
「ねえウエノさん。もうちょっと一緒に旅行しない?」
「え、もう帰るつもりだったけど」
「予約とか、いろんな準備とか、面倒なことは私が全部するから、任せてくれない?」
「そうね、そうしようかな…」
ウエノさんは戻っても特にすることがないし、パートナーがいるなら大丈夫だろうと旅の続行を決めてくれた。これから先は私の計画次第だ。(とはいえ、どの路線の何時の便に乗るとか、そういうのはウエノさん結構煩い)ここは東北。このまま新幹線で北上するか、海沿いの津波の被災地を巡るか。ウエノさんと復興の空気を吸いに行きたい気もしたが、彼女にネガティブな反応を起こさせる可能性も否定できなかった。

つづく

サポートのしくみがよくわからないので教えてください。