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”ミニマミズム”の味わい

フレンチの巨匠、「アラン・デュカス」氏に、パリで単独インタビューをしたのは、1997年の夏、初めての拙著「12のパリの物語」のための取材だった。その前年1996年の8月に、レストラン「ジョエル・ロブション」を引き継ぎ、当時、パリで最も予約の取りにくい3つ星レストラン「アラン・デュカス」の料理長として、さらにモナコの2つ星レストラン「ルイ・キャーンズ」の料理長として、フランス料理界の帝王ともいわれ、世界のフランス料理に絶大なる影響力を与えていた。

「インタビューの時間は15分。ここに書いてあることは質問しないようにしてください。」
アポイントの1時間前に来るように、という言葉に従ってカメラマンと出かけたパリのデュカス氏の事務所で、広報担当者から渡された資料には、世界中から取材にやってくるジャーナリストたちが繰り返し質問してきたであろう内容が、ずらりと並んでいた。

その資料を5-6回ほど目を通し、アポイントの時間を2時間ほど過ぎたころに現れたデュカス氏は、広報担当者が説明する私のインタビューの趣旨を聞いているのかいないのか、手にした束になった郵便物をチェックするのに忙しそうだった。

広報担当者が腕時計を見た。どうやら、15分というインタビュー時間は、すでに始まっているらしい。 

自分が立っている大理石の床が放つ鈍い光沢を、これほど冷たく、重たく感じたことはない。
「時間になったら戻ってきます。」と、広報担当者は去り、目の前の巨匠は、私の存在を認知しているのかどうか、一度も顔をあげずに、相変わらず郵便物の束をチェックしている。

「ボンジュール、アラン・デュカスシェフ。ひとつだけお聞かせください。
パリのあなたのレストランのテーブルには、なぜ花が置かれていないのですか。」

時間をとってもらったお礼も、自己紹介も忘れ、いや、そんなことを言っても、目の前の巨匠は、郵便物から目を上げてはくれないだろうと判断した自分の直観に応じて、私は、不躾にも、自分が一番聞きたかった質問をいきなり巨匠にぶつけたのである。

しばしの沈黙があった後、「ついて来なさい。」はじめて私に顔を向けたデュカス氏は、メガネの奥からクールなまなざしで私を一瞥すると、無駄な動きを一切せずに、颯爽と歩きはじめた。何とか第一関門を突破したらしいと安堵する間もなく、私は前を歩くデュカス氏の後を追いながら、気を引き締めた。

残された時間は、あとほんのわずかなはずだ。この 世界の巨匠から、果たして私は、彼の料理哲学という、料理人にとって一番大切にしてることを、聞き出すことなどできるのだろうか。

案内された場所は、デュカス氏が私室として使っている書斎だった。部屋の真ん中に置かれた大きなデスクの向こう側へまわり、重厚なマホガニーの椅子に座ったデュカス氏は、再び郵便物のチェックを始めた。15分経ったことを伝えにきた広報担当者が、玄関ホールにいないデュカス氏と私たちを追って、書斎の入り口にやって来て、事の成り行きに驚いているようだった。次のアポについて何かデュカス氏に伝えたようだったが、デュカス氏からの返答がないことを確認すると、首をすくめて、「あなた、ラッキーね」という無言のメッセージを私に投げかけ、書斎のドアを閉めて出ていった。

「ミニマミズムこそ、料理を最高に引き立てるための私の哲学だ。まずはテーブルの上から無駄なものを取り去ること。皿の上での美しい盛り付けを考えだすことに、私は一切興味がない。」(拙著「12のパリの物語」より)

氏のデスクの前のイスを勧められ、腰かけるやいなや、私の問に対する直球の答えが返ってきた。

「自分が考えた新しい料理が多くの人に受け入れられ、クラシックつまり定番になっていくこと。このことこそ、料理人としての最大の喜びだ。伝統的なフランス料理から何を取り去っていくかが、私にとっては最も大切なことのひとつである。」(拙著「12のパリの物語」より)

一切の無駄がない氏の回答の一言一句を聞き漏らすまいと、私は事前に考えていた次なる質問のこともすっかり忘れて聞き入り、メモをとった。

“ミニマミズム”、デュカス氏の料理哲学として聞いたこのことばを、私はその後、自身のことばのセラーに寝かし、折に触れては取り出し、そのことばのもつ意味の深さと広がりを探っていた。

そして今年の春に、日本酒の酒蔵「七賢」(山梨銘醸株式会社)とのコラボによって生み出されたスパークリングSake「Alain Ducasse」を味わう機会に巡り合い、あの時デュカス氏が語った“ミニマミズム”ということばに込めた多くの意味のひとつを探りあてたように感じたことは、大きな歓びを私にもたらしてくれた。

今回は【日本らしく、そして世界が納得する酒】を目指し創り上げました。世界を驚かせるのであれば比較的にやり方はあるとは思いますが、アラン・デュカスサイドより世界が納得するという命題を頂き本当に悩み抜いた先に生まれた一本です。
私自身2014年より様々なスパークリング日本酒をこの世に生み出してきましたが、現時点では最高峰に近い味わいに仕上がったと考えています。

スパークリングSake「Alain Ducasse」が販売開始された4月29日、山梨銘醸の醸造責任者である北原亮庫氏は、その思いを自身のFBでこのように語っている。

北原氏が語るように、世界を驚かせるスパークリングSakeであれば、ウイスキー樽で日本酒を貯蔵させた「杜ノ奏」(2017年リリース)、40年熟成大吟醸古酒を瓶内2次発酵させた「七賢スパークリングEXPRESSION2020」(2020年リリース)など、北原氏は、すでに飲み手を驚かす数々のスパークリングSakeを世に送り出している。

だが、その北原氏が、悩み抜いて創り出した今回のスパークリングSake「Alain Ducasse」を、今まで北原氏が生み出してきた数々の驚きのスパークリングSakeの延長線上にあると考えて味わうとすると、その期待は、見事に裏切られるのではないだろうか。

穏やかなフルーツ香のあとに、なめらかな口当たりで瑞々しい味わいを感じさせてくれるスパークリングSake 「Alain Ducasse」は、飲み進む時間とともに、その洗練された澄んだ味わいをつくりだしている何層にも折り重なったヴェールを一枚ずつ取り去るかのように、日本酒らしさが現れてくる。
共に味わう料理へ決して媚びることはなく、けれど、深い懐を感じさせ、合わせる料理に頭を悩ます必要はそれほどない。
米から作った日本の酒、というその原点を飲み手にしっかりと伝えながら、日本酒の新しいジャンルである、スパークリングSakeという日本酒の味わいの無限の可能性を、世界にアピールしている。

スパークリングSake 「Alain Ducasse」は、デュカス氏の料理哲学である“ミニマミズム”を見事に表現した日本酒だ。

白州という、日本でも屈指の銘水を生む豊かな自然の恵みの地で、生まれながらにその風土を肌で感じながら、酒づくりに取り組んできた北原氏にとって、アラン・デュカス氏からの命題、世界が納得する酒、というのは、自分が生まれ育ち、暮らす白州から発信する北原氏にしか表現できない、「日本」の味わいを生み出すことだったのではないだろうか。

そんなことを考えながら、グラスに立ち上る繊細な泡を見ていると、アラン・デュカス氏が語った“ミニマミズム”という言葉は、それぞれの土地での暮らしや文化が育んできた伝統という本質を見極めた上での、新たな味わいの創出ということだったのではなかったか、という思いに至るのである。

北原氏をはじめ、各地の酒蔵で取り組まれているこの新ジャンルの日本酒、スパークリングSakeが、世界中の多くの人々に受け入れられ、日本酒のクラシック、定番になっていく日に向けて、ひとりの日本人として、日々当たり前に、本物の日本酒を味わうという、脈々と続いてきた日本の日常の暮らしを、ただただ愚直に紡いでいきたい、という思いでいっぱいになる。



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