21世紀のデジタル農業

 「デジタル農業」という言葉が使われ始めた。デジタルと農業?水と油のような関係に聞こえる。

 農業の各要素である「土地」「植物・動物」「育成」にバイオテクノロジー、ロボット工学、情報技術などの先端技術を応用し、生産性を高めようとする新しい農業スタイルが「デジタル農業」である。

 つい先日(2016年9月)、農業の分野で大きなニュースがあった。世界最大の農薬メーカーであるバイエル社(独)が世界最大の遺伝子組換え作物の種子メーカー、モンサント社(米)を660億ドル(約6兆8000万円)で買収したというものだ。

 この合併により、世界の種子・農薬のサプライヤーは、
「バイエル(独)+モンサント(米)」
「デュポン(米)+ダウ・ケミカル(米)」
「中国化工集団(中国)+シンジェンタ(スイス)」
のグループによるグローバル3強体制が出来上がった。

 21世紀半ばまでに、世界人口は30億人増えるといわれている。拡大する世界の農薬・種子市場で3つの巨大グループがしのぎを削る体制が出来上がったということだ。
それぞれのグループの向かうところは同じだ。バイオテクノロジーと化学技術を駆使してより生産性の高い種子・農薬を作り、食糧供給の増加が見込まれる地域でシェアの拡大を目指している。

 さらに21世紀型の農業ビジネスとして注目されているのが、サービス業としての農業ビジネスの勃興である。農薬・種子メーカーが、生産する各地域に最適化し開発した種子や農薬を情報技術、ロボット技術などを駆使した生産ノウハウとセットで販売しようとする動きが進んでいる。つまり化学メーカーが農業コンサルティングファームとして進化しようとする動きである。

 こうした動きには、当然のようにIT企業も同調している。米グーグル傘下の投資会社グーグル・ベンチャーズは2015年、ファーマーズ・ビジネス・ネットワーク(FBN)に1500万ドル(約18億4500万円)を投資した。FBNは情報化される農業を見越し、ビッグデータ技術、ネットワーク技術で農業生産性を上げるサービスを各農家に提供しようとしている。農家ごとにバラバラに収集されているデータをFBNがネットワーク上で一元管理し、その分析結果を共有しようとするものだ。農家は経験と勘のみに頼ることなく、ビッグデータ分析から得られる最適解を即座に自分の農地に適用できるようになる。

 また、これらの包括的な動きと並行して農作業自体の変化も起こっている。代表的なものが農業用ロボットだ。トラクター、田植え機、コンバイン、除草ロボットなどはすでに無人ロボット化が進んでいる。農薬散布はドローンが行う。人の手が必要な作業は作業用アシストスーツが身体への負担を減らしてくれる。農地は遠隔監視システムで常時監視され、ハウス栽培では空調管理や温度管理などの施設システムが遠隔操作できるようになっている。目視で行っていた生産物の検査も自動で行えるシステムができている。

 これらの農業の情報化、ロボット化により何か起こるのだろうか?

 思うにそれは「農家の農地からの解放」である。

 かつての豪農・小作農の時代、近代から現代までの専業・兼業農家の時代、いずれの時代も農民、農家は農地に縛られていた。いかに兼業農家であろうとも生活における農地の存在は大きく、農地の近くに住居を構え、農作業に合わせる形で別の仕事をしていた。それが今後は変わる。

 都会に住んで会社に勤めながら、ランチタイムに遠く離れた田舎の農地の分析データをスマホで確認し、作業用ロボットのスケジュールをアプリでセット。帰りの電車の中で今季に必要な種子と農薬をオーダーする。夏の連休は家族で農地のある田舎に行き、温泉旅館に宿を取る。翌日昼間に子供と一緒にアシストスーツを着て半日農作業する。子供はスーツを着て野球をするのがお気に入りだ。夜は地元の郷土料理を満喫し、家族を宿に残し、居酒屋で旧友と再会。翌日は渋滞時間をずらしてゆっくりと帰宅する。次に農地に行くのは2ヶ月後の収穫時期の予定だ。と、こういう農家が出てくるかもしれない。この農家にとって農業はもはや余暇の一部である。

 「デジタル農業」はかつての「百姓」が持っていた経験と勘をデータに置き換え、技術をロボットに引き継ぐ。農業はもはや土地に縛られた高人件費の重労働ではなくなり、設備させ整えれば、少人数で誰でも出来るものとなる。ビジネスとして大規模に展開しようとするものも出てくるだろうし、兼業ではなく趣味や副業として農業を営むものも多く出てくる。ブランド農場を作って高値で取引するビジネスも出てくるかもしれない。もちろん自給自足のために自分の農地を持つものもいるだろう。

 田舎で一生続けなければいけない農業というイメージが崩れ、多種多様な農業の形態が生まれることによって、今まで農業に無関心だった人の関心も高まって来るだろう。そうでなくても世の中にはヒマ人が溢れかえっているし、それはこれからの第四次産業革命で一気に増加するかもしれないのだから。

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