いちごつまない

ネプリ「いちごつまない」・互選評

えいしょネプリ「いちごつまない」よりメンバーで互選しました。
特選・並選1首ずつです。特選の歌には評があったりなかったりします。
(歌の作者は最後にまとめて掲載しています。ぜひネプリでもご確認ください!)

のつちえこ選

特選:
雷で神社が燃えた夜のことを思い出すあなたが泣くたびに

衝撃的なワンシーンから始まる一首。鮮烈な光景を思い起こさせるあなたの泣く姿は、主体の記憶と深く接続し、光と炎のひとときを何度も甦らせる。文体からはそれほど強烈な泣き方であるようには思われないのに、そうやって主体の心を打つ〈あなた〉がじわじわと存在感を醸し出している。永遠にこの場面から抜け出せないような恐ろしさをはらんだ美しさを感じる。

並選:繰り返し聞かされてきた出来事の都道府県がその都度ちがう

中本速 選

特選:
ヴァセリンに守られている暗闇のあなたの頬に降る水となる

ヴァセリンは肌を守る。暗闇は人目から人を守る。守られている頬。そこに降る水になりたいというのである。涙のような頬の水は、しかしヴァセリンの保湿効果や暗闇の隠す効果にあらがうものではない。守られたあなたを、さらに本当のあなたにする。

並選:本当のこと、と叫べば一斉に人が道路へ塗りたくる赤

御殿山みなみ選

特選:
何年も⽋かさず服を着ているとそれが正しいような気がする

「着て当たり前」を言外に完全否定したうえで、「何年も着ている」当たり前さを仮定の話に追いやり、その当たり前さの正しさを認めようとしている。それは我々がすでに認めていることだけど、こう書かれることでいったん白紙に戻されてしまい、主体と一緒に考えさせられる。すると、「着る」ハードルに気づき、世界が変わって見える。

並選:ブラインドを上げてゆくときゆっくりと後ろで部屋が膨らんでいる

岩田怜武 選

特選:
いい匂い連れてあなたはやってくるグラスノスチのような未明に

グラスノスチ、この語感を楽しむ。「グラス」から透きとおっているイメージ。しかし「グラスノスチ」と読むと何処かに重さのようなものも感じられる。そんな未明にやってくるあなたの「いい匂い」。どんな匂いだろう。ここで「何々の匂い」と限定してしまうと「グラスノスチ」と相まって一首が重たくなってしまうだろう。ここに余地を残してくれたのも、好きだった。

並選:祈る手をふたりでつくる 電車ならまだ動いてるから帰れるよ

平出奔 選

特選:
名盤になると知らずにコーラスを思いのままにやってしまった

「名盤」のコーラスは「思いのまま」ではいけないものである、とこのひとは認識していて、だからこういう言い方になっている。わけだが、その認識が誤っていることは、他でもない当該の「名盤」が証明している。だって、思いのままにやったコーラスがあるうえで「名盤」になっているんだから。
コミカルな描写で読者の笑いをまず誘いつつ、それ以上の認識のずれでのおもしろさをじわりと見つけさせてくる、上手さがある。

並選:何年も欠かさず服を着ているとそれが正しいような気がする

有村桔梗 選

特選:
いい匂いつれてあなたはやって来るグラスノスチのような未明に

「グラスノスチ」の直喩がおもしろい。
未明だからまだあたりは暗く、もしかしたら匂いだけであなたと判別しているのかもしれない。
この「いい匂い」とは香水的な意味かもしれないし美味しい食べもの的な意味かもしれない。あるいは何かの予感的な意味の匂いなのかもしれない。
「匂い」は「あなた」であり、「あなた」は「匂い」である。

並選:雷で神社が燃えた夜のことを思い出すあなたが泣くたびに

坂中茱萸 選

特選:
失った真の孤独があると言う留守番電話を聞いて来ました

一首を通してのトーンが一定に統一されていて、きれいだなと思った。「留守番電話」は基本的に一方的な情報伝達手段である。発話側も受容側も基本的に同時刻に会話を交わすことはなくどこまでもすれ違う。一応、「電話」にも関わらずこの歌には声が見えない。その”一方通行性”が上の句の「失った真の孤独がある」という不思議なメッセージ内容によって、より強調されている(ように思える)。
この主体は「来ました」と書いてあるが、本当に「来」たのだろうか。本当はどこにも行っていないのではないだろうか。このメッセージも本当に来ているか分からない。電話の前でしんと佇む主体の心の見えなさが浮かんでくるような、静かな歌である。

並選:雷で神社が燃えた夜のことを思い出すあなたが泣くたびに

堂那灼風 選

特選:
とりあへず前向きだけど⾏き先はわからないまま歩いてゐます

横やら後ろやらよそ見しながらでも歩いては行ける。軽く言い添えたような初句二句は無自覚なほどに強い信念の表れなのかもしれません。「とりあへず」やっておく程度には軽いんだけど、裏を返せばこの人にとって前を向くことが譲れない一線なのでしょう。さらりと言うところにかえって確かな芯を感じます。

並選:何年も⽋かさず服を着ているとそれが正しいような気がする

※引き続き配信中です。1/23まで。お見逃しなく。

作者&作品
・中本速
繰り返し聞かされてきた出来事の都道府県がその都度ちがう
失った真の孤独があると言う留守番電話を聞いて来ました
何年も⽋かさず服を着ているとそれが正しいような気がする
名盤になると知らずにコーラスを思いのままにやってしまった

・岩田怜武
雷で神社が燃えた夜のことを思い出すあなたが泣くたびに
ブラインドを上げてゆくときゆっくりと後ろで部屋が膨らんでいる

・平出奔
祈る手をふたりでつくる 電車ならまだ動いてるから帰れるよ
本当のこと、と叫べば一斉に人が道路へ塗りたくる赤

・有村桔梗
とりあへず前向きだけど⾏き先はわからないまま歩いてゐます

・坂中茱萸
ヴァセリンに守られている暗闇のあなたの頬に降る水となる
いい匂いつれてあなたはやって来るグラスノスチのような未明に


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