T.C.R:P. Cp.1...【Player】


[環境課 食堂前廊下] AM 8:30


窓ガラスに手を添えて立つ少女が一人。
視界に収まるのは良く晴れた青空、立ち並ぶ高層ビル、少し外れてショッピングモールの通りを歩く人々の影。
スーツに身を包んだ獣人は横断歩道を足早に進み、看板を見上げるモノアイのアンドロイドの脇を通り抜けていく。
角の生えた亜人が煩わしそうに日傘を掲げ、その日陰に潜り込んだのは二頭身の半魚人だ。
携帯デバイスから立ち上がるホログラムディスプレイは最近新型が発表されたばかりであり、電脳義体の首元には端子が繋がれている。
右を見て、左を見て、モノクロームの影絵が視界に揺れる。

「フローロ」

呼び掛けられた少女が振り向けば、背筋をピンと伸ばした女性が立っていた。
黒を基調とした外装と対称的なネオンイエローが足元に映えている。
首から下げられたIDカードには、この場において唯一許されたセキュリティランク5の数字が刻まれていた。
窓ガラスから手を離し、体ごと向き直って小さく一礼。

「おはようございます、課長」

「おはよう」

環境課の課長を務める灰色の猫――皇純香である。

「のんびりしていて大丈夫か?」

目が細められて、しかし剣呑な雰囲気は無く。

「もう少しだけ」

「始業のチャイムには遅れるなよ」

「分かりました」

再び視線は窓の外へ。
結局チャイムの五分前までその足が動くことは無かった。

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VRC環境課

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[課長室] AM 10:00


「騒音、ですか?」

卓上には課外秘の判子が押された封筒が置かれており、赤毛の狼――狼森冴子――が尋ねたのはその内容だ。

「急ぎの呼び出しになってしまったが、資料がまとまったのが今しがたでな」

「拝見しても?」

「勿論だ。その為に召集したのだからな」

失礼、と封筒から書面を取り出して斜めに読み通す。

「なるほどね」

腕の隙間から覗き込んでいた一人が呟いた。

「軋ヶ谷さん、何か心当たりが?」

「いや全然。聞いたこともないけど」

当たり前だろう?と言わんばかりの表情は一周回って清々しい。

「ハァ……」

余り付き合いが長い訳ではないが、掴み処のない性格であることはよくよく分かっているので切り替える。

「『9116区域の住居エリア外で不定期な集会が行われていると市民からの報告が立て続けに届けられている』」

内容をかいつまんで読み上げる。

「『集会が行われている現地に赴いて事象の確認を行う事。その規模や人数、内容についての報告を求める』。なるほど、分かりました」

しかし彼女の表情はどこか怪訝であった。

「この程度の内容ですか?」

それは内容を確認する様でありながら意図は異なる。

「【処理係】を動員するような何かがあると?」

「―――そうだ」

一拍置いて返されたのは肯定。

「報告を行った市民の住所が青の点だ」

マップデータに点在する青は広範囲に散らばっていて、それぞれの距離はそこまで近いものではない。

「座標を上空から円として観測し、割り出した中心点がここだ」

収束する先には赤の点が置かれていた。
それぞれの距離を縮尺に合わせて計算し、その明らかな異常性に気付いた。

「これが可能な音量はどの程度ですか?」

「情報係に資料をまとめさせているから、後で届くだろう」

数値上では超大型重機が岩盤を掘削した際に発生する音と同等であった。

「誰かが勝手にイベントをやってたとか、騒音カーが住宅街を爆走してたとかそういう可能性は?」

「ここ数か月のイベント事の申請一覧を洗ったが該当しそうなものは確認されていない。騒音カー……というのも報告にはない」

「パラリラピッピーみたいなのは?」

「無い」

「と思わせておいて実は?」

「無いと言っているだろう」

「まあ分かってましたけど」

天使の輪が小さく傾き、狼森は思わず眉間を抑え込んだ。

「どの様な音が聞こえたのか分かりますか?」

「報告された内容では、機械の駆動音であったり、人の声だったり、歌の様だったともある」

眉間の皴が深くなる。

「曖昧が過ぎませんか」

「不特定多数からの情報とはそういうものだ。本来であれば精査してから、という事になるのだが……今回は対応に急を要する」

9116区域は比較的人口が多い為、お役所としては早々に手を打たねば風評に関わるという判断だろう。

「通常ではありえないはずの距離から音が聞こえるという程度では曖昧な危険度を仮定することしか出来ない。だから―――」

「【処理係】が必要、ということですか」

咄嗟の、有事の、もしかするかもしれない時の保険として。

「念には念をだ。実際調査活動に向かわせるとして、適任は狼森くらいしかいないだろう」

「その間の対応は誰が?」

「警備に任せるつもりだ。一日であれば問題ないと判断した」

「同意します。では、今から?」

首を横に振る。

「報告のあった時間は全てが夜間となっている。1400にここを出て現地へ向かいそのまま待機する様に。ナビゲーターはボーパルとする」

「え?」

軋ヶ谷の疑問符が宙を飛んだ。

「ボパさんさっき『今から寝ます』って書き込んでた気がするけど」

誰ともなくデバイスのチャットルームを開き、全員がその一文を確認した。

「叩き起こせばいいだけだ」

昨日の出勤シフトが【夜勤】となっている事からは目を逸らして。

「【調査】活動という事は、備品はどうなりますか?」

ただの公務員がそういうものを持ち合わせている訳もなく、あからさまな武装を持ち歩くなど論外だ。

「警棒程度までだ。ただしスタンブレードは正規品一本までの携帯を許可する」

今時護身用の物品は珍しい訳でもないとしても、最初から敵対的である必要もない。

「それと音響に関する備品を用意するように手配しておこう」

「お願いします」

「他に確認したいことはあるか?」

おずおずと手を上げたのは、ここまで一言も発していなかった男である。

「【調査】と【処理】が呼ばれたのは分かるんですが、【検収】の私がここにいるのは何故でしょうか?」

頭部から生えた二本の角と赤い肌が特徴的な鬼――宗真童子は控えめに尋ねた。

かなりの長身であり、しっかりとした体躯と相まって只者ではない雰囲気を醸し出しているが彼の担当は【検収】であり、内勤であり、セキュリティランクは1であり、つまりはただの平課員である。
だからこそ一言も発さなかったのであるし、このタイミングでしか尋ねようのない疑問でもあった。

「正直に言って場違いでしょう?」

近くを通った時に声を掛けられただけであり、その理由も分からない。

「まさか、近くを通ったから声をかけただけですか?」

「そうだが」

横目で狼森を覗き見るが、既に表情は硬く閉じている。

「流石に冗談だ。二人だけで向かわせるには少々心許ないが、今日の出勤状況を見るにあまり空きがないのでな」

「私にも自分の仕事があるのですが……」

「今日の検収物件数は少ないらしいぞ?明日に回しても問題ないだろう」

「まあ、課長が仰るのであれば構いませんが……」

適当にひっつかんだ手前、今から変えるのが面倒だと思っているのではないか、と邪推の一つもしてしまうが事実は分からない。

「現地に人がいた場合は可能であれば聴取を行う様に。あまり目立ち過ぎず、戦闘行為に発展しそうな場合は速やかに離脱だ」

揃って頷く。

「目的地や交通手段をまとめた資料は情報係から送らせる。備品は時間を合わせて受け取る様にしておけ。では、解散」

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[9116区域―バスターミナル―] PM 5:00


空の果てがほんの少し暗がりに馴染みつつある時刻は、何故かバスの乗車率は高い。

「降ります降りまーす」

「次終点でしょう」

「でも押したくならない?」

「なりますね」

座席横に備え付けられた降車を伝えるボタンを押す意味もなく、二人の会話は席の外に漏れる様子も無い。

「暇なのは分かりますが大人しくしていてください」

『そうそう、一時間くらいは我慢しないとねぇ』

聴覚デバイスから伝わる限りなく肉声に近い電子音はケラケラと笑う気配を伴っている。

『バスを降りた後のルートは転送済みだから迷子にはならないでよ?』

どこかふざけた様な陽気な口調で、しかし仕事自体は極めて有能であるから扱いに困る情報係の主を思い浮かべる。

「歩いていくしかないんです?」

『一応コンパクトカーのレンタルは区域出口付近にあるけど民間のものだから手続きが面倒だと思うよー』

「では歩いていきましょう。三十分程度でしょう?」

「歩くの面倒だし背負ってくれない?」

「女性を担ぐのはちょっと」

宗真童子が片腕を回して肩に担ぐ仕草はまるで米俵を想定しているようで、それを見た軋ヶ谷は露骨に顔を顰めた。

『歩きがてら暇だろうから、おさらいでもしとこうか』

手持ちの携帯デバイスが遠隔操作によって起動し、事前に配布された資料が自動的に展開される。

『まず活動目的は【騒音の発生源とそこで行われている何かを確認する】事です。これは実際に現地に赴いて行う必要があります』

切り替わる口調と雰囲気。

『戦闘行為は禁止かつ目立つような行動も慎んでください。ただし周辺に人影が確認された場合は可能であれば聴取を行ってください』

読み上げる度に表示されている資料がスライドしていく。

『今回持ち出した備品は警棒二本と聴覚支援デバイスが三つです。聴覚支援デバイスは装着してありますか?』

「ええ」

耳に掛けるタイプのイヤホンに近く、角ばったデザインだが機能は十分、らしい。

「滅茶苦茶ハイスペックですけど、何の為に作られたんですか?」

仕様書に記載されている性能は市販品を遥かに上回り、環境課の業務にここまでのモノが必要か疑問の残るところだ。

「これって開発/整備で作ったんでしょ?」

『そうだよー』

真面目モードはあまり長続きしないらしく、イヤホン越しに煙を吐く音が続く。

『開発/整備室の近くで道路工事やってた時に窓を開けちゃってね。徹夜明けのリアム君がキレちゃって当日に作り上げちゃったのよ』

「クハッ」

『しかも完成した時には工事が終わってて只の徒労。それ以来備品倉庫に押し込まれてたって訳』

その時の表情が目に浮かぶ様で、実際に想像した一名は体を震わせている。

「ク、ク、ハッハッハ!」

「ぶっ飛んでんな~」

ずれた感想が耳を素通りした事を確認し、仕様書の最後でスライドさせた指が止まる。

「この、自爆機能と言うのは?」

『このデバイスの役割として音の大きさを任意に調整出来るっていうのがあるんだけど、減衰させまくっちゃえば何も聞こえない状態になるでしょう?』

音とは振動であり、それを捉える事が出来なければ広義の解釈において無音であると言えなくもない。

『それを捉えるのは鼓膜やそれに類する部分になる訳で、だとしたら耳を吹き飛ばせば同じ事だと思ったんじゃないかなー?』

「ぶっ飛ばしてんな~」

『設定値的には、体が吹き飛ばされるとかの衝撃波レベルの大音量じゃないと爆発しないから大丈夫だと思うけどね』

万が一と考えるが現地での活動を補佐する事は間違いないのも事実であり、数秒の逡巡の後に出した答えは現状維持だった。

「帰ったら自爆機能の取り外しを依頼しましょう」

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[指定区域] PM 8:00


「そろそろですか?」

宗真が顎で示す先には少ないながらも人だかりが出来つつあった。
遮蔽物の影で待機しているうちに一人二人と増えて今では数十人を超えている様だ。
手ぶらであったり、大きなケースを抱えていたり、金属製の円盤を手にしていたり、瓶を背負っていたりと状況は様々だ。

「若い子が多いね」

二十代前半が精々といった風体がほとんどで、中高年も少数ではあるが見受けられる。
屋台の前で話す女性、地面に座って携帯デバイスを眺める中年、円陣を組んだ数人の少年たち。
散開して周囲を見渡しつつ、ぽっかりと空いた中央手前で合流した。

「持ち込まれているのは音響機材が多いですね。種類までは分かりませんが」

「二世代前のストリートファッションって感じ。復刻されてたっけ?」

「無許可の集会である事は間違いないでしょう。しかし――」

ただそれだけだろうか。
何かを見落としてはいないだろうか。
例えば、もっと当たり前に気付ける様な事を。
当たり前になり過ぎていて、今この瞬間にこそ違和感があるのではないかと。

「よう、見ない面だが新顔か?」

雲散に霧消した思考は捨て置いて、声を掛けてきた青年へと向き直る。

「知り合いに誘われたはいいがソイツが見つからなくてな。連絡も見てないみたいだし、どうしたもんかと思ってたところだ」

「とりあえず何か飲んで待ってりゃどうだ?そのお友達ってのからそのうち連絡が来るかもしれないだろ?」

「確かにな――と、失礼」

携帯デバイスを取り出して、あからさまな不機嫌を装う。

「ヒトの事を誘っておいてこれかよ?」

青年に向けたデバイスの画面には【寝坊】に続く謝罪の言葉が表示されていた。

「そりゃ残念だ。とりあえず飲み物くらいは買っておけよ、あっちの屋台に色々あるぜ」

「他に何かしておいた方が良いことは?」

「もう少しで楽しい事が始まるからそれまで待ってればいいさ」

青年は中央のステージへ向かって歩いていった。

「イベンター的な?」

「ここで何が行われるかを知っている風でしたが、話は聞けそうにないですね」

別の数人に囲まれて話している青年にコンタクトを取ることは難しそうである。

「とりあえず飲み物を買ってきましたが、水しか置いてないみたいですね」

独特な流線形の容器を掲げて狼森が戻ってきた。

「いつの間に……。というか、水、ですか?」

「そう聞きましたが」

「ふむ……」

やはり何かがズレている様な、それが何であるかは分からない。

「あのさ――」

口を開きかけ、視界が暗転する。
照明が落ちると同時に周辺の話し声が小さくなっていき、囁き声すら聞こえない静寂。
甲高く震える気配。

『聴覚インプットを八割減衰!』

直後に遅れて届いたのは、光の様だった。

≪――――――――――≫

体を揺らすほどの音が衝撃となって襲来する。
連なる様に大型のライトが産声と共に頭上から煌々と周囲を照らし上げた。

『聞こえてるー!?』

「聞こえていますよ」

『ちゃんと機能してるみたいで良かった!アンプ起動時の出力値が間違ってなければ、そこにいる人たち全員耳が壊れてるんじゃないの!?』

ちらりと見れば誰もが何かを耳に取り付けている。

「流石に素のままという訳ではないようですね」

しかし先ほどの言葉通りであれば、八割カットでこの音量かと若干呆れてしまうほどだ。
音の発生源であるステージを見れば大量のスピーカーとそこに繋がれた数多の楽器。
マイク同士のハウリングに呼応するように周囲の歓声が勢いを増した。


≪お前たちは誰だ!!!≫


「「「players!!!!!」」」



ステージ上から呼びかけるのは先ほどの青年だった。



≪俺たちは誰だ!!!≫

「「「players!!!!!」」」


観客たちは叫ぶ。


≪俺は誰だ!!!≫


「「「player!!!!!」」」



青年がマイクを手に持って、もう一本はスタンドに残したまま。
真っすぐに向かい合う赤鬼へ向けて。


≪さあ来いよ!魂を刻もうぜ!!≫


指差し名指しに合わせて三人の前に道が開いていく。
知っていて、理解していて、それでも尚挑発するのであれば。

「ハ―――」

歓喜の呼気が漏れて。
ギィと口角が上がり。
丸眼鏡が白く瞬いた。
手に持った瓶を一息で飲み干して。
人、人、人から向けられる視線、混ざり込む、好奇心。
それを受けて一歩を踏み出し、二歩で跳躍し、三歩でステージに降り立つ。
静まり返る観客たちを他所に、マイクを掴んで、満面の笑みで、叫ぶ。


≪これでノらなきゃ、嘘だよなァ!≫


爆発音にも似た絶叫と共に音楽が鳴り響いた。

「アレいいの?」

「今更言っても詮の無い事です。あちらは好きにさせておきましょう」

「ん、了解。じゃあ私たちはどうしよっかな」

『ちょっといい?』

「何?」

『確認したいことがあるんだけど、デバイスのカメラを何か目立つもののあるところに向けてもらえる?』

迷わずステージへと向けた。

『そこに何がある?』

「ステージとそこで楽しそうにしている宗真さんだね」

『なるほど。通信阻害が発生してるねぇ』

ボーパルのいる管制室のディスプレイには同じ映像が映っているが、コマ送りされた飛び飛びのものになっていた。

『他に何か目立つモノは?』

「屋台、楽器、アンプ、スピーカー、発電車、ステージ、人、他いっぱい」

『あり過ぎて的が絞れないか……。とりあえずそこまででいいか』

だが引っ掛かりはもう一つあった。

『防壁が反応していないという事は意図的ではない、自然発生した何かという事だけどそれを賄える設備があるとは思えないし……」

限りなく低い偶然の一致を可能性として提示するならば、と考えて首を振った。

『騒音の原因は間違いないとして、後は可能な限り聞き込みなり周辺調査をしろって課長からの伝言でーす』

「了解しました」

「でもこの人達に聞き込みは難しそうじゃない?」

全ての視線は、興味は、人々は、誘蛾灯に向かう様にステージ付近を取り囲んでいた。
不意に掠める二度目の違和感。

「あぁ、なるほど」

その呟きはやけに大きく耳に届いた。

「人間しかいないんだ」

獣人、亜人、アンドロイド――そういったヒトがこの場にはいない。
当たり前だからこそ見落す、そういうこともあるだろうと切り捨てられる程度のアンバランス。
分かったところで何かが変わる訳でも何かが分かる訳でもない情報量。
はまり欠けたピースは再び宙に浮かんだままとなる。

「聞き込みは省略しましょう。周辺設備の調査を行いますが、ステージが見える範囲までとします」

「心配性だね」

「用心深いと言ってください」

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[同区域] AM 4:00


「とても疲れましたね」

ニコニコと満足そうに言う表情からは疲労の様子など見えはしない。

「まだお水持ってたりします?」

「ええ、冷たくはありませんが」

「頂いても?」

差し出す。

「何か分かった?」

「彼らは自分たちのことを【player】と名乗っていました」

最初の名乗りで繰り返し聞いたフレーズだった。

「パフォーマーとしての名前なのか、それともこの場での立場を指すのかは分かりませんが調べておくべき内容だと思います」

『他には?』

「彼らの技量はプロとまでは言いませんが、十分生計を立てていけるレベルです。だからこそわざわざこんな場所で、しかも無許可で目を付けられるような事をする利点はありません」

職や立場を失う事と天秤にかけてでもやる意味があるのかどうか。

「もっと別の目的があるってこと?」

「流石にそこまでは。はっきりしない部分が多いのでむしろ疑問が増えました」

目的が見えず、予測を立てるにも情報量が足りていない。

「そちらはどうでしたか?」

「周辺設備の写真は送りましたので、情報係の紐付け次第です」

『型番から卸先を追いかけて物流チェックが完了したらデータベースにあげておくからねー』

「観客、でいいのかな?ステージで動いてる時は全員がそこだけを見ていたのが異様で怖かったね。熱中していた、って感じでもなかったし」

「ドラッグでしょうか?」

「あれだけの人数が全く同じ反応をする様なドラッグは聞いた事がないし、その起点が音っていうのは聞いた事がないかな」

「後は、純粋に人間しかいませんでしたね」

「何でだろう?とは思うけど、それだけなんだよね」

それ自体はある意味では自然な状態だ、
最初はおかしなことだと思わなかった事、次におかしなことだと思った事が違和感であり、拭い切れない不安である。

「これは気のせいなんだけど、あの人たちって何時からいたか覚えてる?」

何気ない問い掛けへの答えが返せない事に気付く。

「最初からいた?」

少なくとも二時間前に来た時点では誰もいなかった。

「何時から増えてた?」

宗真童子がそう思ったのは何時からだったか。

「あのステージ、どのタイミングで出来てた?」

コマ送りされた様に何かが抜け落ちていた。
全員が同様に、しかしその程度は様々で。

「この中だと狼森さんが一番欠落してる感じかな」

「ええ、その様です」

会話の内容は確かに覚えているが、その時の周囲の状況が思い出せない事実。

『端末経由の映像は残ってるからそれと照らし合わせてみましょう。何らかの認識阻害が発生していた事はほぼ確定だし、尚更擦り合わせをする意味はあるでしょ』

「ではそのように。お二人もよろしいですか?」

「ええ。報告書は管制室での確認が終わり次第で問題ありませんか?集合時間は1300で提案します」

「了解。とりあえず帰ってシャワー浴びて寝ようかな」

「夜勤手当出ますかね?」

「三人共、寝過ごさないでくださいね?」

『私寝てると思うからナタリアさんに引き継いでおくね』

「ズルじゃん」

「ズルですね」

『変な圧をかけてくるのやめません?』

前を歩く二人から数歩遅れて、狼森は後方を振り返った。
放り出された鉄骨、立てかけられた縞鋼板、放置された屋台、置き捨てられた空き缶と空き瓶の数々。
錆びて、割れて、壊れて、砕けて、動かなくなった大量の音響設備。
するりと口から零れた言葉は端的に、的確に。

「ジャンク置き場でしたか」

致命的に、ずれていた。


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Cp.1【Player】

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