B.B.B.B.B.B. Cp.5-3

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VRC環境課

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[開発工場] AM 1:15

そこは開発工場とは名ばかりの戦闘区域となっていた。
入口から戦闘の繰り返しでやや息の切れている大柄なパンダは隣で歩いている狼を見る。

「何でそんなに元気なんですか……」

「疲弊するような相手ではありませんから」

しれっと告げるが、ここまでの戦闘において大立ち回りを演じているのは彼女である。

「身体能力が高いと言っても、使いこなせなければ意味がありませんよ」

曲がり角で一時停止し、顔を覗かせれば二つの銃口がこちらを見定めていた。

「ボーパルさん、残りはどの程度ですか?」

『あと四組かナ?扉の向こうまでは見れないからそこに増援がいたらもっと多いけど』

「そうでないことを期待せずに行きましょう」

備えるは最悪の事態。

「行きます。私は左を、貴方は右を対処しなさい」

「っ分かりました」

合図と共に飛び出して疾走する。
向こうもそれは承知で、銃弾が向かう。
連射式ではなく単発のハンドガン程度では二人は止められない。

「無駄なんだよ!」

一人は盾を構えた突進は銃弾など意に介さず、重量物に衝突した音と共に吹き飛ばされた男は意識を失った。

「稚拙過ぎますね」

一人は銃口の向きと視線誘導による先読みを行う。
脇差の一振りで両手首を砕かれて悶絶し、スタンブレードによって気絶させられた。

「彼の指導は如何ですか?」

「彼?グレンさんですか?」

「他に誰がいますか」

やや呆れた様に。

「すごく厳しい人ですよね。あれもこれもって一気に教えられて、頭がパンクしちゃいそうですよ!」

中々に食い気味である。

「それだけ足りて―――伸び代があると言う事です。自分に与えられた役割を理解し、それを果たす為に必要なモノが何であるかを考える。本来自分で行うべき事を指導してもらえるという幸福を、正しく受け止めなさい」

「うーん……」

全てを受け入れるには、時間が必要であることは重々承知の上だ。
しかし誰かが言わねばならない事だと理解している。
それは彼であったり、彼女であったり、自分であったり。
どこか不服そうな、それでもなんとか理解しようとしている目の前の子に助け舟を出す。

「佐々木さんはどうにも自分の体を軽く見過ぎている様ですね」

「そうですか?」

ほつれたスーツからは凝固した血が見て取れた。

「怪我はいずれ治ります。今は様々な技術も発達していますし、例えば耳が無くなっても再び生えることもあるでしょう」

ぴくり、と片耳が揺れる。

「ですがそれは結果論に過ぎません。怪我をした課員を見て、救護係は仕事が出来ると喜ぶと思いますか?」

喜ぶはずなどない。

「破損した義体の課員がすぐに直せると言った時、笑顔で答える整備係がいると思いますか?」

笑っていられるはずがない。
治すには、直すには、必ず壊れていなければならない。
痛みに共感する優しさは、彼らの心にも痛みを与えるものだ。

「もっと自分を大切にしなさい。そしてもっと周りを見なさい」

知らずの内に与えられている、とは伝えずに。

「はい……」

叱られた子供の様にしゅんとする姿は、まるで二回りも小さく感じられた。

「気を取り直しなさい。まだ終わっていないのですから」

『優しいネぇ……』

その声は誰の耳にも届かない。

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「これで全部ですか?」

『とりあえず見えてた分はネ』

「狼森さん、捕縛終わりました」

「ご苦労様です。では、本丸へと向かいましょうか」

『セキュリティは解除してあるからいつでもどうぞー』

まるで中に入れと言わんばかりに扉が開く。
赤黒い照明の下にはカプセルの様な形をしたタンクのシルエットが見えるが、その詳細は分からない。

「中は見えますか?」

『パンダくん、端末のカメラを前に向けててもらえる?』

「あ、はい」

『あんま揺らさないでネー』

胸ポケットの辺りに取り付けて前方を映す。

『―――』

息を呑む雰囲気が伝わる。

「ボーパルさん?」

『覚悟して進んで。それと、直視はしない様に』

「……心得ました」

照明が照らす領域へと踏み込んで、薄らと浮かぶソレを見て。
ソレが何であるかを理解して、先ほどの言葉の意味を理解した。

「こうも道を外れたか……!」

「これ、は」

ヒトの形をした何か、ヒトの形をしていない何か。
全ては生物であり、生まれながらにして生きる事を否定されたモノたち。

「騒がしいと思ったら……何だね君たちは」

部屋の中央奥には白衣の男が立っていた。
その手は血が付着しており、その背後には何かが仰向けに寝かされている。
油断無く向けられる鋭い視線に対し、男は面倒くさそうに手を振った。

「名前を覚える記憶容量なんて余ってないよ。それより私は忙しいんだ、見学なら日を改めてきてくれるかな」

決定的にズレている、と思うより早く体が後ろへと下がる事を選んでいた。
氷柱が直上から降り注ぎ、脇差によって破砕する。

「まあこの程度の精度にしかならないか……。直接干渉の式は組み込まれていない訳だし」

ぶつぶつと言う男の手には杖が握られていた。

「やはり繋がっていましたか……!」

しかし男はその杖を投げ捨てる。

「何を―――」

「こんな玩具は元々不要なんだがね」

視線が交錯し、ぞわりと背筋が震えた。

「盾、構え!」
指先から迸る紫電は盾に遮られて霧散する。
その陰から突き出された筒から、凡そ手持ちの銃とは思えないほどの轟音と共に鉄塊が放たれる。
狙いが悪く左腕を吹き飛ばすに留まったが、

『嘘でしょ!?』

その衝撃を意に介さず立て続けに放たれる銃熱効果は盾を削っていく。

「下がります!」

二方向に別れて培養タンクを背に様子を伺う。

「何か手段は?」

『腕を吹き飛ばしたのにほとんど反動を受けていなかった。つまり完全な義体化か、それに近しいところ……。なら―――』

タンクが一つ爆ぜる。

『二分もらえる?何とかするから』

「分かりました」

二つ目のタンクが爆ぜ、その姿を矢面に晒す。

「貴方は一体何の為に、このような事をしているのですか」

周囲に浮かんでいる某を睥睨しながら。

「何の為……?ああ、目的か」

考え込み、思い出したかのように。

「君は【命】に価値はあると思うかね?」

「可笑しなことを聞きますね」

「質問を変えようか、例えば肉体を全損して生命活動が停止した場合、それは死んでいると言えるだろうか?」

「言えるでしょう」

悩む必要のない問い掛けだ。

「では、水槽の中で生かされているだけの脳は、個人として生きているか死んでいるかのどちらだと考える?」

「死んでいるものと考えます」

「その通り。肉体が失われる、あるいは意識を表に出せない状態を一般的な死と定義すると、【命】とは肉体に依存しているモノであると考えられる」

しかし、と区切り。

「私を私として認識しているのは肉体に拠るものではない。肉体を捨てて機械の体になったとしても、私を形成する根幹は不変の情報にある」

外見や構造が異なったとしても、そこに存在する情報が同一であれば。

「【命】とは肉体という有限に付与された概念でしかなく、個々人を形成する本質足りえない」

故に、と続けて。

「肉体はただの容器に過ぎず、情報こそが個人の本質である」

「だから【命】には価値が無い、と?」

「その真理を証明する事が、私の存在意義だ」

その価値観に狂っているのだろう。
彼の見る世界ではそれが正しい答えであり、決して相容れない場所まで来てしまっていると感じた。

「そうですか」

対して感情は不気味なほどに凪いでいる。
傲慢、不遜、冒涜―――言葉が羅列され、胸の内に沈んでいく。
感情ではなく、理性でもなく、役割としてそれを認める訳にいかないのであれば問答は意味を成さない。

「佐々木さん、私の合図で盾を構えて突撃しなさい」

「え?」

「二度目の合図で盾を置いて全力で下がりなさい」

「わ、かりました」

ここまでの会話で110秒は稼いでいるのだ。

「3、2、1、今!」

突進する盾に重熱効果が向けられて、男の側面から挟み込む様に肉薄する狼に視線が逸れる。

「下がりなさい!」

直前で横に跳躍し、無人となった盾の裏側へと滑り込む。
逡巡がもたらした空白の時間は整えるには十分だった。
腰を落としたまま手は柄に添えられて、

『ジャミング0.4秒!』

「十分です!」

息を吸って、

「ヂイッ」

男の目が虚ろを映すその刹那。

「エェリヤアアァァアァァァァ!!」

盾ごと男の胴体を両断する一閃が放たれる。
それは腕を両断し、胴を両断し、首から上だけが原型を留めて床に転がった。

「良い陽動でした」

「あ、ありがとうございます」

床に転がる頭部は虚ろな視線を中空に向けている。

『悪いニュースが二つあるんだけど、どっちから聞きたい?』

「どっちも悪いニュースじゃないですか!」

『まず一つは、その男の電脳内には何の情報も残っていないってこと。研究結果や彼自身の情報はあっても、そこから先が一切存在しない』

「彼が終点である、と?」

『これだけ大規模な動きを彼個人がどうこう出来るとは到底思えない。逆に彼が終点であれば、その内側にあらゆる情報が無いと矛盾する』

「つまり……?」

「トカゲのしっぽということです。彼は切り捨てられている」

『そしてもう一つ。もうしばらくしたら電脳の制御系機器が停止して彼の意識が無くなる、つまり死んじゃうんだけど』

どこか軽めの口調で。

『それがトリガーになって大規模な重熱効果が発生します。具体的には工場全体が崩壊するようなレベルの』

「それを早く言ってください!」

ポータルを展開し飛び込む。
最後に見たのは、彼の言う容器に囲まれながら死んでいく男の姿だった。

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【B-6-3】

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