M/D/P/S/ Cp.1

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VRC環境課

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[環境課―ブリーフィングルーム―] PM 1:00

昼の休憩を終え、ブリーフィングルームには十数名の課員が集められていた。
係を代表して一名から二名が選出され、それぞれが机の上に置かれた分厚いレジュメを眺めている。
表紙には【四次元物理学によるインフラ整備計画】と書かれており、視線をあげれば白衣の男女が並んで立っていた。
「月島統四郎だ。高次元物理学会―――長ったらしいのでメ学と呼んでくれて構わない。私はその会長を務めている」
「フェリックス・クラインと申します。会長の愛人です」
少女が間髪入れずに男の脛を蹴り飛ばす。
「【胡散臭い】が服を着て喋っているような男だが、耳障りであれば植木か何かだと思ってくれて構わない」
こほん、と咳払いを一つ。
「まずは、我々の提案を受けて頂き感謝する」
最前列の角に座っている猫の獣人に向けて一礼をした。
「四次元物理学についての説明や我々の今度の活動予定について情報の共有を行う。質問はその都度受け付けるので、まずはページを捲ってくれ」
紙がめくれる音と共に、モニターの表示が切り替わる。
「四次元物理学とはそもそも何なのか、ということを説明しよう。フェリックス」
男が手に持ったデバイスを掲げると、その周辺に氷柱が形成された。
「今までであれば、これは【魔術】と呼ばれていた現象だった。しかしその原理を解明したものが四次元物理学であり、これを指して四次元物理現象と定義した」
スライドが進み、会見の時と同様かそれ以上にゆるい絵が表示される。
「三次元と四次元の境界に存在している【事象の地平面】を重力で叩くことでエネルギーを取り出し、それを利用して発生させた現象を【重熱効果】と呼ぶ。先ほどの氷柱などがこれに該当する」
少女の掌に炎が浮かび、そして消えた。
「従来の科学技術であれば、電気を発生させる為には火力、水力、原子力など利用してエネルギーを取り出していたが、【重熱効果】を利用することで電気そのものを発生させて利用する事が可能であると考えている」
設備の規模や必要な土地、人員を比較すると遥かに小規模で同等以上の成果が見込まれると試算されていた。
「しかし現時点では、我々の実験成果に過ぎない。一般社会への浸透率で言えば名前は見聞きしたことがある程度で、内容についての知見は浅いどころか皆無と言ってもいいレベルだ」
確かに、と誰かが頷く。
「よって、環境課がこれに協力する運びとなった。メ学の目的とするものは四次元物理学を用いた生活インフラの整備であり、これは市民の生活環境の向上に繋がると思われる」
猫の獣人が続ける。
「この技術の一般化によって生活インフラへの導入が進めば、よりよい環境を得られると期待出来る。環境課としてはうってつけの案件だろう」
「……まずは環境課内での理解を深めておきたい。ここまでで何か質問は?」
すかさず手を挙げたのは、派手目の装飾が施されたスナネコの義体だった。
「情報係のボーパルです。二つ質問を」
小指を立てる。
「そもそも重力ってナニ?」
なるほど、と月島は驚嘆した。
「四次元物理学における重力とは【宇宙に起こるさざ波】を指す。この重力に地球上から働きかけ、【事象の地平面】へと干渉する事が出来る」
「私たちを地面に縫い付ける力とは別物?」
「ここはあえてそうだ、と断定させてもらおう」
「なるほどネー。では二つ目に、【重熱効果】は誰にでも扱う事が出来る技術?」
薬指が立てられる。
「四次元物理学による回答は否定であり肯定である。【重熱効果】を発生させるには重力を操作する必要があり、更に言えば重力を感知する技術が必要となる。これを【重覚】と呼び、言うなれば第六感の様なものだと思ってくれ」
視線を向けられたフェリックスがデバイスを掲げる。
「【重覚】は生まれつき身についているものであると考えられており、実際に私はそれを持っていません。故に会長の仰った様に、誰にでも扱える技術ではないと言えます」
「でもさっき氷柱を出していたよネ?」
「このデバイスによって機械的なアシストを受けているからです。発生に必要な式は脳によって制御していますので、【重覚】を持たない私でも【重熱効果】を扱うことが出来ます」
今度は氷柱が一本だけ現れ、すぐさま逆再生のように消える。
「改めて回答しよう。【重熱効果】は生来誰にでも扱える技術ではないが、我々メ学の提唱する理論に基づいて一般化が進んだ時、誰にでも扱える当たり前の技術になると考えている」
では、と視線を他に向けようとしたタイミングで三本目の指が立てられた。
「一つ追加しても?」
「構わない」
「【重熱効果】の発生には脳を使用するって植木さんが言ったけど―――」
す、と目が細まった。
「【魔術師】と呼ばれる彼らの寿命が短い事と、何か関連があるのかな?」
「ある」
即答だった。
「【重熱効果】を扱う為に必要なコストとも呼べるものが【振動粒子】であり、【儀礼派】の呼び名で言えば【魔素】に相当する。先ほど重力を操作と言ったが、これは振動粒子に重力を放出する振る舞いをさせるという意味合いが強い」
モニターにいくつかの点が表示され、そこから矢印が数本伸びていく。
「これは大気中にも存在していて保存または増幅する事が可能であり、ガジェットによるインフラ整備にはこの増幅機能を使用する予定だ。……話を戻そう」
眼鏡を整えて。
「大気中に存在する粒子は密度が低く、ヒトが意識的に働きかける事が出来る範囲には現時点で限界があり、一般的な大気の粒子密度では【重熱効果】を発生させることは困難だ」
スライドが切り替わり、ヒトの頭部の模式図が表示される。
「だがこの【振動粒子】と同じ振る舞いが脳の内で観測された。それは情報伝達が引き起こす状態変化であり、同時にヒトの意識そのものが振動する粒子によって形成されていると考えられるものだった」
「つまり【重熱効果】を発生させるためには脳―――魂を消耗する、と?」
「極めて狭義的な意味合いではあるが、そう表現する事は可能だ。つまり脳そのものが高密度の振動粒子保存媒体であり、そこからコストとして取り出す事で【重熱効果】の発生が可能となる。そして魂が【振動粒子】の形を取っていると仮定すれば、【重熱効果】を多用する【魔術師】の寿命が短い事は説明が可能だ」
「それを公表して、一般市民から四次元物理学への恐怖や不信感が強まる可能性は高いんじゃ?」
「あるいはそうだろう。しかし根拠や理論も不明な【魔術】と呼ばれる存在が、超常の技術として存在していた事は実に不健全と言わざるを得ない。我々の目的はこれを科学によって解明し、既知の技術として広く浸透させることだ」
それ以外は全て些事だと言い切らんばかりの強い視線に、ボーパルは立てていた指を全て下した。
「他に質問は?」


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[試験指定区域] PM 5:00

そこには見慣れない街灯が並んでいる。
基礎は円柱でありながらその表面には幾何学模様が彫り込まれており、さながら彫刻を思わせた。
頂点部には四本の爪が等間隔に円を作っている。
「これが街灯なんですか?」
金髪のアンドロイドが見上げる先は何もなく、吹き曝しとなっていた。
「メ学から送られてきた設計図通りなんですよ。現場は四苦八苦したって聞いてます」
円柱の最下部は模様の代わりに【椛重工】の文字が刻まれている。
「アレって椛ちゃんとこの?」
「ウチです。だからあんまり来たくなかったんですよね」
小声でボソボソと呟く姿に疑問を抱き、
「お嬢ー!」
「だからお嬢って呼ぶのをやめなさーい!」
踵を返して走り去る数名を見送った椛の耳は少し赤い。
「まったく……、なんですかその顔」
「お嬢」
「やめろォ!!」
両手をあげて抗議する姿から少し離れた場所では、少女が煙草を咥えている。
指先に小さな火を浮かべ、紫煙を燻らせた。
「フェリックス、工事の進捗状況はどうなっている」
「予定通りです。【加茂別】の皆さんは時間にしっかりとしていますので」
「起動実験に入れるものはありそうか?」
「ええ、一本だけ」
「十分だ」
根元まで吸いきった煙草を携帯灰皿にしまい込み、二本目を取り出そうとしてそのまま箱に戻した。
「少しいいだろうか?」
「あ、はい」
手持無沙汰にしていた少女が振り返り、先導する二人の後ろをついていく。
「君にこれの初期起動を頼みたい」
ぽんぽんと街灯を手で叩く。
「この外装の持つ式は複数ある。【大気中の振動粒子の回収と圧縮】、【重熱効果による振動粒子の増幅】、そして【自走式による継続運転】だ」
よく見れば模様はフラクタル構造となっており、上に行くにつれて複雑な形状となっている。
「大気中の【振動粒子】の絶対数は少ないが、その問題は内部で増幅させることで解決出来る。一度起動してしまえば増幅した振動粒子によって自走させることが可能となり、粒子そのものが利用できる期間はほぼ永久だ。街灯に刻まれた式が摩耗や経年劣化により―――」
「会長」
「ん?ああ、すまない。つい熱が入ってしまったようだ」
「い、いえ」
「本題に入ろう。起動後はこれ自体が制御機能を持っているので問題は無いが、初期起動時のみ外部からの干渉が必要となる」
それはつまり、
「【重熱効果】を使って起動試験をして欲しいということだ」
「私が、ですか?」
「私とフェリックスは実際に何度か起動実験を行っている。ここで必要なのはメ学ではなく環境課による起動が成功したという事実だ」
夜八が疑問を投げかけるより早く
「君は【重覚】を持っているだろう?」
当たり前の様に回答がもたらされた。
「皇殿からの許可はもらっている」
元より反論がある訳でもなく、夜八の手が街灯に触れる。
重力へどう働きかければ良いかを丁寧に記述された表面を軽くなぞり、式を得た。
小さく息を吐いて。
『光あれ』
様式通りの言葉を呟けば、街頭の先端に淡い光球が浮かぶ。
周囲で作業をしていた誰も彼もがその光に気付いて視線を向ける。
その輝きは、普段見ているものと何ら変わりのないものだった。

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【光れよ灯、と誰かが呟いた】

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