【Buy Bye Summer】

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VRC環境課

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[食堂] PM 12:45

残暑厳しい屋外とは打って変わって、空調の聞いた食堂には普段より多くの課員の姿が見える。
普段よりボタンを一つ多く外しながら、氷の入ったお茶で喉を潤している。
窓の外から聞こえる蝉の鳴き声は、徐々に小さく、そして少なくなっていた。
「夏ももう終わりですね」
猫の手が湯飲みを持ち上げた。
「そうですね。冷却材の在庫もしっかり無くなりそうで良かったですね。去年とは違って」
からかう様に向けられた目線から顔を逸らし、お茶を一口。
「去年?」
いなかった時期の出来事が気になり、尋ね返す。
「大した事じゃないよ。義体やアンドロイド用の冷却材の発注数を間違えて今年の春先まで残ってたってだけだから」
「へー……。春先!?」
視線を向けられた猫はとうとう机の下に潜り込んでしまった。
「まあ慰安旅行の時に役に立ったからいいんだけどね」
「慰安旅行ですか……」
脱衣所からでも聞こえた悲鳴を思い出し、身震いをした。
四角い顔の彼と特徴的な髪型の彼は数日もしないうちにケロリと復帰しており、深く考えるのを止めた記憶も蘇る。
「海行きたいなー」
机に頬を付けた姿勢は行儀が良いとは言えないが、それを指摘する誰かがいる訳でもなく。
「慰安旅行は慰安旅行で楽しかったけど、時期で言えば全然ずれてたしね」
春が終わってすぐの試みであったことは記憶に新しい。
「それなら私は水着を新調したいですね」
机の下から顔を出した猫がそんなことを言う。
「水着ですか」
「時期的には安売りしてそうだし、色々見て回るのもいいかもね」
「いいですね」
一人分の声が増える。
「わたしだよ?」
にぱ、と笑う。
「水着、いいですね」
二度言った。
「あでも海に行くわけじゃないから―――」
水着を買うつもりはない、と言うよりも早く端末が震えた。
そこには【全体連絡】の文字が表示されており、送り主は
「課長から?」
『お疲れ様です』
珍しい語調での通達に目を通し、顔を上げれば先ほどよりも深い笑みを湛えたプードルが視界を覆い隠している。
「え、あ、う」
ああ、逃げられない。


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[ショッピングモール] PM 6:30

「まさか年に二回も水着を見に来るとは、思ってもいませんでした」
「でもでも~~、売り尽くしセールですからちょっと見るだけでもいいじゃないですか~~」
【納涼売り尽くし!赤字覚悟で売り切れ御免!】
HG創英角ポップ体太字斜体下線で書かれた煽り文句の通り、店内には至る所で割引を伝える幟が立っていた。
人気のありそうな元値が高額なものは割引率が低く、大量生産されたよくあるデザインのものは割引率が高い。
「こういう時安いからって買っても、来年着るかって言われると怪しいんですけどね~~」
年が変われば流行も変わり、特にこうした娯楽の為の装飾は箪笥の餌になる事も珍しくはない。
しかしそれを薄々感じていながらも、こうして買い物に来る程度には楽しみにしているということだ。
「ところでフローロさん」
「はい?」
「私の記憶が確かであれば、慰安旅行では変わった召し物だったと思うのですが」
「私は結構気に入っているんですが、あの日の写真を見た解体係の何人かから『外で着るのはやめてください』と言われてしまったので……」
「その意見には全面的に同意です」
「ですから違うものを、と」
「良い試みです。順番に見ていきましょう」
「はい」
と言っても店内に残っている水着の数は棚の三分の一程度しかなく、最終的な候補が決まるのも早かった。
ビキニタイプとワンピースタイプである。
そして更に言えば、サイズの都合で実質一択となっていた。
「下着みたいで恥ずかしいですね……」
スク水の方が遥かに恥ずかしいが?とは誰も言わない。
「露出が気になるなら、下はショートデニムとかでもいいと思います~~」
「なるほど……」
いくつかのアドバイスを受けてレジへと向かうフローロを見送って、
「女児用水着ではありませんでしたか?」
「フローロさん小柄ですからね~~」
ボソボソとやり取りされる会話は聞こえなかった。
「お待たせしました。二人は何も買わないんですか?」
「ええ。私はそもそも専門店でないと耐久性などが不安なので」
体の構造からして異なる為、一般向けの水着売り場にはその数も質も限られている。
「私は来年でいいかな~~って」
二人はついてきてくれただけの様なものだ。
「ありがとうございます。……何か冷たいモノでも食べに行きませんか?私の奢りです」
フードコートはまだ営業をしている時間だ。
「お言葉に甘えましょう」
「賛成~~」
「ふふ」
道すがら、
「海楽しみですね~~」
「―――言うべきか悩んでいたのですが」
やけに神妙な顔で、
「瑠璃川さん、土曜は出勤日ですよ」
「へ?」
端末を取り出して予定を確認し、
「えぇ~~~~~~~~~~~~~~~~~!?」
少女の悲鳴がこだまする。
夏の終わりは近い。


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【 Buy Bye Summer 】

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