【S.N.N】

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VRC環境課

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「いらっしゃいませェーッ!」
自動ドアが開いた先、二人を出迎えたのは満面の笑みを湛えた青年だった。
後ろでほんの少しだけ体が跳ねた事には気付かず、手に持ったチケットを差し出した。
「優先チケット二枚ありがとうございまァーす!A-3の席でお願いしまァーす!」
「はい、ありがとうございます」
「……あの店員さん、いつもあんなに元気なんでしょうか?」
「このお店の有名な所の一つですよ」
振り返れば、両手を勢いよく振っていた。
「ええと、並んで座らなくてもいいんですよ?」
「ぷお。これは失礼しました」
机を挟んで座り直す。
「お客様、当店のご利用は初めてですか?}
「いえ、何度か」
「承知いたしました。ではごゆっくりと」
メニュー表とお冷を置いて女性店員は離れていった。
「二時間コースで延長は出来ません。食べ残しは禁止で、それ以外は迷惑にならなければ特にお咎めはありません」
大体の食べ放題店と同じシステムである。
「早速行きましょうか。タイミングがよければ焼き立てのナンが食べられますよ」
「行きましょう」
二人がまず向かったのは当然カレーが並ぶ一角である。
手前には【ご飯とカレーを入れる為の大皿】と【カレーだけを入れる為の小皿】と【ご飯かナンを入れる為の平皿】がそれぞれ置かれていた。
お盆にいくつかを乗せて先へ。
「ビーフ、ポーク、チキン、野菜のカレーはそれぞれ甘口、中辛、辛口、激辛、超辛、デス辛があります。超辛以上は激辛を平気で食べられれば挑戦してもいいかもしれませんね」
「つかぬことをお聞きしますが、フーケロ先輩のオススメは?」
「楽しいのは超辛以上ですね」
味を聞いているのに楽しいとは何か質問の仕方を間違えただろうかと逡巡するが、とりあえずビーフカレーの辛口を皿に入れる。
「後は日替わりで変わるものがありまして、今日はキーマカレーですね」
「ほう」
水分の少ない、どちらかと言えば具材そのものにカレーが染みているような感じのものが大鍋の中でぐるぐると渦巻いている。
「こちらは中辛と辛口しかないんですけどね」
少々残念そうに言いながら皿に盛る。
「ご飯とナンは食べきれる分には、いくらでも大丈夫ですよ」
「ではナンを三枚頂きましょう。足りなければまだ取りにくればいいだけです」
「ふふ、その通りですね」
それでも大きめのナンを三枚取ったのはそれなりに驚かれる事らしく、いくつかの視線が向けられた。
「サラダは自分で好きなように盛り付けられます。ドレッシングもいっぱいあるので、これを目当てに来るお客さんもいるらしいですよ」
棒状の野菜が入れられたカップを二つ取る。
「ドレッシングはよろしいのですか?」
「それは、ちょっと、後で」
どこか恥ずかしそうに。

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「いただきます」
「いただきます」
ナンをちぎってカレーを少し付けて口の中に放り込む。
ぴりりと辛い味わいが舌先から全体へと広がっていき、同時に複雑なうま味で満たされた。
「美味しいですね」
「良かったです。食べ放題のお店ではありますけど、味も良いのでかなりの人気店なんですよ」
見れば空席は埋まりつつあり、料理の並ぶ一角は順番待ちが出来ていた。
「私たちが行った時はちょうど空いていたみたいですね」
「ぷお。ナンが一枚無くなってしまいました」
「あらあら」
残念そうに言う姿はどこか幼くも見える。
「後でまた取りに行きましょうね」
「そうします。ところで、その野菜スティックなのですが」
「……え、っと。あまり行儀のよい食べ方ではないのですけれど」
小皿のカレーに先端をつける。
「こうやって、食べるのが好きで……」
軽快な音が小さく聞こえる。
「私も一口よろしいですか?」
「はい、どうぞ」
差し出されたカップから一本を引き抜き、視線は赤黒いソレへと向けられる。
「そちらを頂きたいのですが」
「デス辛ですけど、大丈夫ですか?」
「たぶん」
「じゃあ、ちょっとだけね」
小指の爪程度の範囲を濡らし、一口。
「―――――ァ」
辛い。痛い。辛い。痛い。と舌の上を交互に飛び跳ねる謎の刺激物。
デス・ソースの様な単一の辛さとは別に、代わる代わる襲い来るそれはもはや何を口に入れたのかすら忘却させかねない。
これを食品として提供しているこの店は一体何なのか。
楽しいとは、カレーとは、ラッセラッセラッセラとは。
「大丈夫?」
「はっ」
我に返った時、残り二枚あったはずのナンが一枚消えていた。
「デス辛はやめておきましょう」
出来ることなら超辛も遠慮したいと思わないでもない。

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「ムッシュの料理は―――」

「ご飯の時は保護機を外して―――」

「自炊している課員も―――」

「函館で宿泊したホテルの朝食が―――」

「ジュラルミンケースいっぱいの外郎を―――」

「ナナカマドジャムを食べたヨルハチが―――」

「ふふ」

「ぷお」


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「そろそろ時間ですね。いっぱい食べましたね」
「いっぱい食べました。超辛は大丈夫です、大丈夫でした」
「無理はしなくていいんですからね……?」
店の張り紙の隅に【超辛以上を食べたお客様の心身への影響について、当店は一切の責任を負いません】と書かれている事にようやく気付く。
「それを飲んだら行きましょうか」
コップにはいちごオ・レが注がれていた。

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「ありがとうございましたァー!またのお越しをお待ちしておりまァーす!」
近所迷惑になりそうな張りのある声に見送られて外に出る。
「涼しくなりましたね」
「暑いのは苦手ですから、このくらいが丁度いいです」
「寒いのは得意ですか?」
「寒いのも苦手です。ずっと寝ていたくなりますから」
「……なるほど」
頭上へ向けた視線を下げる。
「お腹は膨れましたか?」
「はい、凡そ五分目ほど。味も良かったです」
ほっと胸をなでおろし、にこりと笑う。
「ぷおちゃん、またお誘いしてもいいですか?」
「はい、勿論です。……フーケロ先輩、今なんと?」
「ふふ」
曖昧に笑う。
「帰りましょう、国分寺さん」
スパークが揺れた。


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