【その後とこの後】


「お疲れ様でした」

「はい、お疲れ様でした」

薄暗い廊下でしばらくその背中を見送ってから解体室へ戻る。

「ケロセンパイ、誰か来てたの?」

「メメリちゃんにお手伝いをしてもらっていました」

「えー!私はー!」

手足をバタバタ動かしながら必死の抗議をする姿は可愛らしいが、しかし

「リンリンにはまだ早いですよ」

生き物だったモノを扱うというのは技術だけではなく、意識の問題が殊更に大きい。
血と肉と骨で構成された物質と化したそれは目を逸らす事を許さず、極めて単純な事実を突きつけるからだ。

「ちぇー」

素直に机に戻っていく後ろ姿は、先ほど見送った背中と重ならない。
二重の鍵を開けて解剖検死室へと戻り、わずかに残った血の匂いを感じた。

「ふぅ……」

今日のあの子はどこか様子が変だったように思うが、私にそれを知る術があるとしても知るべきではないのだろう。
特に、密葬係に関する内容であればこそ。

黒猫の少女は表情が豊かであるように思えるが、実際は感情のほとんどを伺い知ることは出来ていない。
逆にあの子は無表情であるように見えても、言葉の端々や雰囲気から読み取る事が出来る、出来てしまっている。
年季の差なのか、本来の性格なのか、あれでは何かあったと言っている様なものだが、詮索するのは野暮の極みだ。

「ふふ」

私が【何】であるかを知っているのは限られる。
課長は言わずもがな、内部監査の二人も同様に。
狼森を含めた処理係数名とボーパルもそれを知っているだろう。
そして密葬係。
【私】を【私】のまま【殺せる】二人。

「隣のなんとやら、でしょうね」

【死】は【終わり】の一つに過ぎず、私はそれを望む人に与えることしか許されない。
その先にある別れの寂しさも、取り返せない後悔も、失くして気付く慈しみも、手向ける事の尊さも、私の本質からは外れたものだ。

形をなぞるだけの行為ではなく、個の在り方としてそれを体現する彼女たちをとても眩しく、そして愛おしく感じるのは私が『私たちが』それを求めていたからに他ならない。
意地悪かもしれないが、もう少し羨ましく思っていてもらおう。

「よい夢を」

優しい口癖が移ったのかもしれなかった。
願わくば、平穏な夢が続く限りに。

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