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【頂に飾る】

『全項目のチェックが完了いたしました。お疲れ様でした』

電子音声の呼びかけに瞼を開き、青い瞳には平常通りに蜃気楼の格子が映し出されている。
そのまま数秒が過ぎても様子は変わらず、フローロは一度瞼を閉じた。
検査台から立ち上がり、脱いでいた衣類に袖を通す。
ポケットからコンタクトレンズを取り出して、青から赤へ、視界がすっきりと移り変わる。

『検査結果を送信しますので、電脳通信の許可をお願いします』

二件のポップアップ、一つは圧縮されたデータファイル、もう一つは短時間のみ有効なパスワードだ。
大量の数値と専門用語が並ぶ資料のほとんどは異常無しを記しており、唯一重覚に関する項目に黄色のマーカーが引かれている。
汚染区画深部での作戦行動中に感知した過剰な重力の揺らぎは、僅かながらフローロの感覚器官に影響を与えていた。
視界に重なる格子が歪み、だというのに切断の重熱式の精度は高くなっている。
感覚が研ぎ澄まされている様な違和感が拭えないまま十日程が過ぎて、ようやくロナルドにそのことを伝えた翌日にはインダストリアル・ピルグリム社での精密検査が予定に組み込まれていた。
二日分の有給を申請して、一日がかりの検査を終えたフローロはロビーで待つロナルドの元に向かう。

「お待ちしていました「結果は如何でしたか?「問題はありませんでしたか?」

「重覚センサーの信号にループが発生していたみたいです。パーツを交換したら直りました」

汚染区画深部での作戦行動中に感知した過剰な重力の揺らぎによって異常が引き起こされたのだろう。
アンテナの内部部品を一式交換した結果、検査値は正常に戻っている。

「そうですか「そうですか「そうですか……」

目を閉じて、安堵の表情を浮かべ――ているのだろうか?
……分かってしまうのだけれども。

「ご心配をおかけしました」

「治ったのであれば「良かったです」

どこか神妙な、落ち着いたトーンのロナルドの様子は普段と全く異なっていて、不気味を通り越して形容しがたい感覚でさえあった。

「あの……?」

「では「!!」

大仰な身振りにはっきりとした発声が加わって、窓口に立つ受付アンドロイドと警備サイボーグが一斉に視線を向けた。

「近くに「美味しいレストランが「あるのですが「ご一緒に行きませんか?」

声が大きいですよと指摘して、それから頷いた。


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食事を終えてフローロの宿泊するホテルへとロナルドが送る道すがら。

「何やら大変な事に「なっていた様ですね?」

「……それなりですよ」

"カーボンコピー"による傷害事件は複数ブロックにまたがって発生しており――その中に太宰が含まれていたかは定かではないが――当然ある程度の情報は彼らも取得しているだろう。
加えてフローロの重覚センサーの異常から何かしらの予測がついたのかもしれなかったが、ロナルドは明言しなかった。

「私が必要であれば「いつでも「呼んでいただいて「構いませんので」

「そうですね」

そうならない方が良いのだが。

「と「こ「ろで!」

「だから声量をですね」

直すつもりはないのだろう、サプライズが好きなら猶更そんな気がする。

「電脳の扱いには「慣れてきたのでしょう?「視界の補正は「コンタクトレンズでなくとも「問題無く「行えると思いますが」

フローロの瞳は薄紅色で、電脳側での補正は一切かけていない状態だ。

「わずらわしくは「ありませんか?」

制御用のプログラムはこちらで用意出来ますよ、という提案を受けて、フローロは言いよどむ。

「……もう慣れましたから」

首を少し傾けて、視線を窓の外へと向ける。

「前を見て運転してくださいね」

なんとなく。
今はこっちを見ないで欲しい。

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【頂に飾る】

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