電霊夢幻事象 其の一
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VRC環境課
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[????]
ノイズと電子に彩られた世界のどこかで目を覚ます。
ふわふわと漂っていたそれが髪に、腕に、体となって。
沈み込んでいく体と浮かび上がろうとする自我のせめぎ合いは緩やかに後者に軍配が上がり、ゆっくりとその体を起こした。
「あら?」
何かが無くなったような気がした。
何かを忘れたような気がした。
そうした想いは刹那の間に消え、焦燥感へと切り替わる。
「行かなきゃ―――」
どこへ?
どこやって?
何のために?
その答えを求める為に、少女は底から体を浮かび上がらせた。
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[ブリーフィングルーム] AM 10:00
土曜日。
世間では主に休日であり、公である環境課の窓口も今日は閉められている。
よって課員も今日は休みとされているのだが、今ここには十名近くが集められていた。
昨晩それぞれに送られてきた通知には以下の文章が記載されていた。
『電脳空間適性の測定結果が出たので、これが届いている課員は明日10時までにブリーフィングルームに来てネ!』
【解体係】が周囲を見渡す。
【処理係】に【■■係】、【備品管理係】と【救護支援】、更には【鑑識係】と【義体整備係】までが呼び出されていた。
「お集まり頂きありがとうございまーす。今日はネ、電脳空間への理解を深めるための勉強会をします!」
ニコニコと笑顔で言い切る情報係。
「勉強会ィ!?」
狐の処理係が嫌そうな声を上げる。
「特に処理係の二人には聞いておいてほしいナー。いざって時に動けなかったら辛いからネー?」
「耳が痛い話ですが……」
「私たちが呼ばれたのは?」
「内勤からも受けておいて欲しかったからネ。椛ちゃんは義体関連で適性高いのは分かってるんだけど……まあ私のレクチャーを受けてもらえれば適性向上間違いなしだから安心してネ!」
ニコニコと。
「リアムさん、準備出来てますよね?」
「勿論だよ」
パン、と手を叩き注目を集める。
「それじゃダイブルームへ行こうネー」
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[ダイブルーム] AM 10:20
「遅いよー」
そこにいたのは【警備見習い】だった。
「なんでお前がここにいンだよ」
「そんなこと言っていいんですかー?私特別講師ですよー?」
「はァ?お前が?」
「ホロウくんには電脳空間における特別講師をお願いしたんだよー」
「イエーイ!」
指を二本立てて突き出す。
はいはいとその手を下げさせて、改めて指を立てる。
「電脳空間適性値ってつまり『自分の体でないものを自分の体である』と正しく誤認出来ているかなのよ。例えば右足を前に出すとした場合のパラメータ管理には、その距離はどれだけ?時間はどれだけかかる?左足にかかる荷重は?体のバランスはどう整えるの?っていういくつもの要素を考えなきゃいけない」
ヒトの形をしたホログラムが表示される。
足を上げる際の動作予測パラメータが複雑に変化し、唐突に転んだ。
「これらのどれかが欠けると動けない。でもこんなこと意識しようと思っても無理でしょう?だからわたしから皆へ分かりやすい一言でアドバイスしましょう」
いいですか、と前置いて
「動くと思えば動く」
義体組はその言葉に頷いた。
「電脳空間上はプログラムによって制御された段階を踏むことが約束事とされているけれど、それはあくまでシステム的な話。動くという事そのものを無意識に出来て当然というレベルまで落とし込めれば、難しいことを考えなくっても動けるんだよー」
そうですね、と備品管理が言葉を繋ぐ。
「義体も似たようなところはあると思います。パラメータ管理や機械的、電気的な制御はあるにしても、どこか俯瞰的に見ながら動かす必要もあって。でもそれは自分自身なんだっていう思い込み……とは違いますけど、当たり前だと思わないと誤差が出たりしますしね」
「とは言っても流石に限界はあるよ?電脳空間用に作られた無地のデフォルトアバターなんかだと、どう頑張っても40%程度が限界だし。なんだかんだで自分自身のフルスキャンをお勧めしちゃうネ」
「自分の体であって自分の体ではないという違和感は、拭い切れるのですか?」
狼の問い掛けに何人かが同調する。
「何とも言えないかナ。現実側の肉体との差異はあって然るべきだけど、それをどこまで抑え込んで自然に動けるかっていうのだから、まずはその違和感に慣れるところから始めていきましょう」
『フルスキャニングデータ、更新完了』
無機質な声が届く。
「今回は私が見つけてきた空間だけど、ハッキングの対策でプライベート化してあるからフルダイブモードでよろしくね」
寝台に体を横たわらせて、頭部を覆うバイザーを装着する。
全員がそれに倣い―――そして意識が切り替わる。
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[電脳空間] AM 10:40
そこは浮島の集合体だった。
中央の大きな島から八方にそれぞれ小さな島が浮かんでおり、そこに続く道は全てキューブ上の何かが等間隔で配置されている。
小さな島の中央には光る物体が浮かんでおり、このワールド特有のギミックを思わせた。
「ああああぁぁぁぁ――――――」
誰かの悲鳴が聞こえる。
遥か上空から全景を見下ろしながら、猛烈な速度で落下しているのだから無理もない。
「何ですかこれは!?」
「島の近くまでいったら速度が緩まるから、そこまでに平常心に戻して着地の練習してネ」
事も無げに告げるが、その難易度は言うまでもない。
「失敗しても地面にべしゃってなるだけだから安心してねー」
そう言った本人はむしろ急加速したかと思えば、地面の直前でふわりと浮かんで着地した。
続けて一人一人が地面に到着するが、誰がどのように着地したかはあえて触れないでおく。
「じゃあ次はそれぞれの浮島に行ってアレを取って戻ってきてもらうんだけど、注意が一つあって。行きはただジャンプしていけばいいんだけど、戻りの時は妨害があって、下に落下すると最初からやり直しです!」
小さなざわめきが。
「妨害は何かしらの手段で弾いたり斬ったり出来るんだけど、空中にいる間は向こうの方が強いから気を付けてね。タイミングを見て橋の上で迎撃するようにー」
「一人だと無理なんですけど!?」
鑑識係の叫びがこだまする。
「じゃあふーろちゃんとフーケロちゃんで行ってみる?名前の響きが似てるし大丈夫でしょ」
「何ですかその理由……。風炉さん、私でいいですか?」
「はい、お願いします」
解体武装を引きずりながら浮島の手前へと向かう。
「では私はあちらへ。自信はありませんが」
「……」
「966さんも一緒にどうですか?その体では動きにくそうですし」
電脳空間用の体は普段と異なりかなりの高身長である。
頭部に乗っている方が本体であり、操作を行っているがその動きはぎこちない。
提案に首を縦に振って応えた。
「お前も行けよ」
「あン?」
「ボクが作ったソレの電脳空間での性能見たいんだよ、ホラさっさと行けよ」
「チッ、わぁったよ」
砂を払いながら立ち上がり、Harpeを取り出す。
「私たちも行きましょうか」
「椛さんの足を引っ張らなければいいんですが……」
「いえいえ、むしろ私の方が―――」
「いえいえ―――」
「いえいえ―――」
応酬はしばらく続いた。
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なんとか一往復を終えた面々が戻ってくる。
「はいはいはーい!」
それを出迎えたのは警備見習いの気合いの入った声だ。
「そろそろ特別講師っぽいところを見せないとねー?」
得意げな顔は言うが早いか駆け出していく。
「よっ!ほっ!」
一度も立ち止まる事無く橋を飛び越えて先の島へ。
オブジェを手に取って戻る道では妨害が開始するが、軽快な動きに対してそれは全く無意味である。
「余裕余裕!」
飛び越え、掻い潜り、手早くスタンブレードで叩き落とす。
「これが私の実力―――」
声が届く橋の手前、ポーズを取って一際大きく跳躍し―――
「ぶべっ!」
飛び上がり過ぎたせいで発生した特殊妨害によって虚空に叩き落とされていった。
「…………」
耳に痛いほどの沈黙が降りる。
リスポーンの音がして、振り返った全員が見たのは居た堪れない物悲しさを語る背中だった。
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この場所では肉体的な疲労を感じる事は無いとされている。
理論上は情報体としての処理が行われているだけである。
しかし今は地面に座り込んでいる課員がほとんどであり、その息はやや荒い。
まず八つの島のオブジェを回収し、それを一か所に重ねると中央の島の地下への階段が現れた。
次に階段を降りるとそこは迷路となっており、至る所にトラップが存在してリスポーンを余儀なくされる。
そして迷路を抜けた先には巨大な巨人が鎮座しており、それを破壊するというアクション要素まで用意されていた。
何度もリスポーンを繰り返しようやく一週目のクリアとなったのはついさっきの事。
「課長の許可は取ってあるから、今後も訓練は定期的にやっていくからネー。次はもっと難しいのでもいいかな?」
首を横に振った。
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[ダイブルーム] PM 8:00
「良いデータが取れました!それじゃ後は自由解散!お疲れ様ー」
情報係はデバイスを操作しながら部屋を後にする。
現実側に戻ってきて最初に感じたのは空腹感だった。
「まだ食堂はやっているでしょうか?」
「今日はムッシュお休みだったはずですよ」
「それは少し残念ですね」
「どこか食べに行きます?」
「「「肉!」」」
「お魚がいいです」
「温かいものが食べたいですね」
「この人数だと【機龍】や【ぱらのい屋】辺りでしょうか。【臨界水産】も人気ですが、この時間からだと席が空いてないかもしれません」
「では【機龍】にしましょうか。海鮮焼きもありましたよね?」
「確かありましたね」
「966さん、それで大丈夫ですか?」
「はい、ありがとうございます」
時間と集合場所を決め、今夜は賑やかになりそうである。
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[課長室] PM 8:30
「適性値の変動は確認出来たから、向上は時間の問題ですネー」
「変動幅はどうだ?」
一般的に40%の電脳空間適性値があれば現実側の動きを不足なくトレース可能、仮に日常生活を送るとした場合に不便なく行えるとされている。
「現時点で言えば処理係の二人は伸び代が大きい分、その幅も大きくなってる感じかな?壁が出来た時にどうなるかは分かんないですケド」
「なるほどな。ご苦労だった」
「いえいえ、ところで課長」
笑みが消える。
「どうして急に、電脳空間訓練なんて始める事になったんですか?」
「現時点では答えられない」
しばしの沈黙。
「ところで課長」
今の質問など無かったかのように、いつもの笑顔で
「課長の電脳空間適性値はいくつなんです?」
「―――現時点では答えられない」
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【おいでませ、電脳空間】
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