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眠れない夜のための短いお話

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短いお話を並べています。
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#創作童話

ほしのかせき:寒い夜に星を探しに行くだけの話

 星がどこにもなかったから、キコは家を出ることにした。  ありったけの服を着込んで、マフラーを巻いて、ニットの帽子をかぶった。  寒い夜だった。空気はピンと張りつめていて、肌が痛んだ。キコの鼻はすぐに真っ赤になった。  街に灯りはなかった。誰も通らない道路で、信号が順番に色を変えていた。  少し歩くと自販機にたどりつく。コーヒーとタバコが売っている。  小銭を入れていた牡牛がキコに気付いた。 「やあ、こんばんは。こんな時間にどうしたんだい」  牡牛がゆっくりと言った。 「こん

夕日影:母を失った少女の前にしゃべる犬が現れるだけの話

 母が死んだことが悲しくないと言えば嘘になるけれど、溢れる涙は期待できそうになかった。  長い黒髪を縛って料理をする母の背中も、笑うと右頬にだけ浮かぶ笑窪も、記憶には鮮明に残っていた。その姿を見ることは二度とないということも理解していた。それでも、私の中に満ちている感情は胸を締め付けるような悲しみではなく、ぽっかりと穴が開いたような喪失感だけだった。確かにあったものがなくなってしまったことを教えてくれる、大きな喪失感。  もうすぐ日が暮れようとしていた。  山間に半分ほど姿を