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秋とブラームス

夕暮れの寒さが人恋しさに変わる。

この季節はいつもそうだ。どうしようもなく、寂しくなる。

「昼間と夜で十度も違うと、心に隙間ができるんだよ。だから葉っぱも落ちるし、赤くなったり黄色くなったりする」とよくわからない理論で微笑んだ彼の残像が、ふっとよぎる。

無性にブラームスが私を呼んでいる。

大音量で流れるブラームスの交響曲第4番。

それでも足りない。もっと、深く、強く、私を満たして欲しいと思いながら、ボリュームを最大限にあげる。

でも、もうこれ以上、スピーカーの音を大きくすることは出来ない。どうしたらいいのだろう。

切望しすぎて落ち着かない私は、熱い紅茶を入れた。

ふうふうと冷ましながら、一口のんだその時、ふと気づいたのだ。「私は私のなかを静寂にして、耳を傾けるしかない」と。

初めてのコンサートホール、初めてのブラームス、初めてのデート。心揺さぶる音楽に涙した私に差し出された彼のハンカチ。

ああ、心の静けさとブラームスが、かつての記憶を優しく包むようだ。

そうして音量への切望と消えた後、すっかり冷めてしまった紅茶がいつのまにかベートーヴェンの田園に変わったことを教えてくれたのだった。



photo by yuki



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