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経営者としての本当の強さとは?|はなみちのビジレザ経営日記#9(バックナンバー)

<2019年4月1日に書いた記事です>

ビジネスレザーファクトリー(以下、ビジレザ)の「はなみち」こと、原口瑛子です。

前回のブログは2018年2月、現在は2019年4月。つまり、この1年間経営に関するブログを、全く書けませんでした。これはかなりの大反省をしています。

ビジレザとしての攻めが続いたこともあり、事業に余裕がなかったのは事実ですが、それよりも自分の中で、経営者としての変化があったからだと思います。

ようやく経営者3年目を迎えた私の赤裸々日記を、できればさらしたくないけれども、ここに記しておこうと思います。

ということで今回は、経営者としての心の変化と、そこで気づいた、本当の強さについて。

「勢いだけ期」は、逆に楽だった

経営者1年目は「勢いだけ期」と名付けてみます。

私がビジレザの社長になったのは、2017年1月。その頃の私は、経営者としての力がないのが当たり前で、自信がないのも当たり前でした。

あまりにも当たり前すぎて、正直不安にもなりませんでした。だからその時の私は開き直って、インプットとメンバーの意見を聞くことに徹していました。

まずは、インプット。経営とはなんぞやも知らないので、経営に関するインプットをしまくる日々。とにかく勉強。有名な経営者の名著を読んだり、現在活躍されている経営者の話を聞きに行ったり。

そういうインプットは、自分にとって新しいインプットだったので、とにかく楽しかったし、なんだか経営者として成長している気になっていました。

もう一つは、メンバーの意見を聞くこと。全体を俯瞰して決めることが役割となり、守備範囲を一気に広げるためにもメンバーに「これってどういうこと?みんなだったらどう思う?」と聞きまくっていました。

メンバーの頃は、自分の担当を深く知ることが大切だったけど、リーダーになった途端に、広く全体を俯瞰して、早く判断しなければいけないので、みんなに意見を聞くことで埋めていたのだと思います。

この「勢いだけ期」は、無我夢中に突っ走る日々で、四六時中仕事をしていて、ほとんど寝ていませんでした。だけど振り返ると、この頃の自分には無駄な不安がなかったので、逆に楽な時期だった思います。

「鉄の女期」は、生き地獄だった

2年目はなんと「鉄の女期」に突入しました(笑)。

事業自体は伸びていて普通に考えると十分な成長率だったかもしれません。ただ想定よりソーシャルインパクトを出せなかったこともあり「結果を出せないのは自分のせいだ」と自分を追い詰めていきました。

これが「鉄の女期」の、最初のきっかけだったと思います。私が社長になった途端に結果をだせていない。その現実が、メンバーに対して申し訳なくて、ただ強がるしかない毎日でした。

さらに、拍車をかけて自分の中での勘違いが起きていました。それは、1年目にたくさんのインプットをして、ビジレザの全体をようやく俯瞰して見えるようになった頃から。

「経営者たるもの強くなければいけない」となぜか思い始めていました。それは私が、勝手に作りあげた強い経営者像。「鉄の女サッチャー」ならぬ「鉄の女はなみち」の誕生です(笑)。

「勢いだけ期」は、経営者としての力も自信もないことが当たり前だったのに、この頃の私は力不足が起因して結果が出ないことに急に自信がなくなってきました。そしてそれを、誰にも相談できませんでした。

結果、何が起きたのか?事業で課題があがると「なんとかしなきゃ」と一人で抱えてしまい、悩んではみるものの妙案は浮かばず。さらに、一人で悩み続けるという、いわゆる負の循環が続いていました。

それまでは事業を進めるために「外に外に」目を向けていたのに知らぬ間に「内に内に」入っていく。インプットの時間的精神的余裕もない。インプットがないから、組織の課題がどんどん大きく見えていました。

今思うと、心も体も不安定になっていたと思います。夜はまったく眠れず、朝は原因不明の高熱が出る。弱い自分を認められず、それを跳ね返すかのように、さらに強く見せる。見せかけの強さです。

メンバーは変わらず素晴らしい仲間たちなのに、私だけが、一人で前に進めない苦しい日々。毎日が生き地獄のように感じました。

ビジレザの経営理念は「働くを明るく」なのに、当時の私は全くもって明るくない日々。不思議と、どんな意見も批判に聞こえました。いろんな意見を言われる度に、心の中で思いました。

「結果を出せないのは、全部私のせいだ」

そして、プツンと糸が切れた

そんな心身ともにギリギリだった頃、ある休日にサラさんから電話がかかってきました。サラさんはビジレザの創業期を支えたメンバーで、今はボーダレス・ジャパンのバックアップオフィスにいます。

休日にも関わらず、ビジレザに対する新しいアイディアを話してくれたのですが、その頃の私はもう建設的な意見さえも受け入れられないくらい、心が飽和していました。

そして、それまでピンと張り詰めていた糸が、プツンっと大きな音を立てるように切れてしまったのです。電話越しに自分でも信じられないほどの大号泣。

「こんなにも寝ずに頑張って、結果がでないんだったら、私にはもう経営者は向いていないと思います」

結果が出ない悔しさと不甲斐なさ。そしてそれを信頼するはずのメンバーにも言葉にできない自分の弱さ。

でも小一時間、嗚咽しながらワーワーと大号泣している間に、当たり前のことに気づいてしまいました。

「ん、ちょっと待って?そもそも経営者として力がないのは当たり前だ…よね?ってことは、こんなことで悩んでいる自体が、おこがましすぎないか…?いやいや、おこがましすぎるわ!

そんなことより、私は何のためにこんなに頑張っているんだっけ…?そうだ、社会を変えるためにやっているんだ!自分一人じゃできないことを仲間と一緒にやっているんだ!」

本当の強さって何だろう?

そんな当たり前のことに改めて気づいた夏の日から、自分が少しずつ変わり始めました。

「自信なんてあるわけないんだから、そんなことに悩まず、悩んでいる暇があったら、愚直に努力しよう」

そして、心の変化も現れました。それがこちら。

  • いろんな人からの意見を素直に聞けるようになった。同時に、その意見が感情か意見かを聞き分けられるようになった。

  • 自分の意見か誰かの意見かは関係ない。自分で考えて、みんなの意見を聞いて、自分で決めること。無駄なプライドは捨てる。

  • 経営者としての強さの解釈が変わった。本当に強いのは、強がるのではなく、弱さを知っている強さだと思えるようになった。

さらに…こんな時期を乗り越えて、ビジレザに関わる人への感謝を、改めて感じるようになりました。

「同じくらいビジレザを考えている仲間がいるから安心してください」と言ってくれたメンバーたち。

「本当はきついんでしょ?何かあれば話聞くよ!」と言ってくれたボーダレスのグループ会社の社長たち。

「焦らなくても大丈夫」と何度も何度も言ってくれたボーダレスのメンバーたち。

もし、一人で起業していたら、あの時もう潰れていたかもしれない。事業はなんとか潰れていなくても、自分が先に、潰れていたかもしれない。

だから今は、その時に支えてくれたビジレザのメンバー達に、ボーダレスのメンバー達に、そしてボーダレスという仕組みに、私はとても感謝しています。

ということで、今の私はようやく経営者として次のステージに向かえました。本当の強さを持って、もっとビジレザを前に進めたい、と感じています。

もしいつか、同じ道を通ってしまう経営者の仲間たちがいたら「焦らなくて大丈夫」って言ってあげたい。もしいつか、私に同じようなことが起きても「一度見た景色だから大丈夫」って前向きに思えるはず。

今回のブログは正直赤裸々すぎて恥ずかしい。だけどいつかまたこの苦しさと対峙する日がきたら、このブログが私のコンパスとなりますようにと願いながら。


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