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21.次男ビーマの予期せぬ結婚

宮殿から逃げ出したパーンダヴァの5兄弟と母クンティー。宮殿から出た後も長い地下トンネルで常に気を張って歩き続けた結果、クンティーを始めとするみんなは次々疲労で倒れてしまいました。

ビーマだけはまだ力が残っていたので、クンティーを肩に担ぎ、更に4人の兄弟たちも抱えて歩き出しました。彼にとっては5人を背負うなんてへっちゃらなのです。

トンネルから地上にでてまず見えたのは、行く手を阻むように力強く流れ行くガンガー(ガンジス川)でした。さてどうしようかとビーマがきょろきょろしていると、川べりにすっと近づく一艘の舟が。

兄弟たちの前に降り立った船頭は、
「やっと来たかよ~!!クルの王子たち!!」
と、満面の笑顔で言いました。

「遠目にお屋敷が燃えているのが見えたもんだから、慌てて来たら案の定ですわ~。いや~私、あなたがたがいつ来るかわからなくて、1年間毎日ここまで舟を出していたんでさ。もう~来ないかと思ってたよ~ついにお会いできましたよ~」

いきなりの発言に困惑した表情のビーマを見て、
「いや、あのね、あなたヴィドゥラという人知ってる~?私はそのヴィドゥラという人に頼まれていたんですよ、一年前に」
と、船頭はにこにこ笑って付け加えました。

聞けばヴィドゥラはパーンダヴァ達が出発してすぐに船頭を雇い大量の賃金を渡して、いつ来るかはわからないけれど5人の王子とその母親が必ずやってくるから、見つけたらすぐガンジス川を渡らせてやってくれ、と頼んでいたようなのです。

ユディシュティラはその話を聞いて、心が震えました。
私たちの周りに、敵は確かに多い。
けれども、ヴィドゥラは何よりも私たちの身を案じてくれていて、信頼のおける大切な人であると痛感し、深く感謝の念を抱きました。


「ほんと、まさかこんなに待つとは思わなかったけども、ともかく会えてよかった、よかった!さ、早く舟に乗って!ヴァラナーヴァータを離れますからね~」

船頭の声掛けにビーマはうなずくと、ほいほいと5人を船に乗せてやりました。

最後にビーマが乗り込むのを待って静かに舟は岸を離れ、それと同時に6人は、1年過ごしたヴァラナーヴァータの町に別れを告げたのでした。

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川を越え、渡し船頭に感謝を伝えてさよならと手を振った後、6人は川のそばにそびえる森の中に入りました。
森の中ではより一層足をとられて、疲労が募ってきました。けれどもいつどこでプローチャナやドゥルヨーダナの仕掛けたスパイが見ているとも限りません。ビーマは再び5人を担ぎあげると、風神の子の名の通り、木々の中をつむじ風のように走り抜けました。

ガンジスのほとりなど、とうの昔に見えなくなって、大分遠くまで来ています。担がれている手前我慢していたクンティーでしたが、さすがにのどの渇きが限界に来て弱々しくビーマに訴えました。

「ビーマ、もう私はのどが渇いて干からびてしまいそうよ。お願いだからこの母を助けて頂戴・・・」
その様子を見たビーマは、慌てて、少しばかり森の拓けた場所にみんなを降ろしました。

「お母さん、大丈夫ですか?ここで待っていてくださいよ!お水をもってきますから」
兄弟たちも疲労と睡魔に襲われています。
「みんなの分も持ってきてやるから、ちょっと我慢していてくれよ!」

ビーマは再び駆け出しました。
彼は兄弟や母の為に役立つことをするのが心の底から嬉しいのです。まるで飛び跳ねるようにして、水の音がする方に向かっていきました。

木々の葉に隠されるようにして、目の前に小さな滝と滝壺が現れました。皮袋に沢山水を入れると、ビーマは兄弟の元へトンボ返り。みんなの口元に新鮮な水を運んでやりました。
水を飲んだら余計安心したのか、全員眠りこけてしまいました。

ビーマも多少疲れてはいたのですが、顔をぴしゃぴしゃ叩くと眠っているみんなを守ろうと見張りに徹しました。

というのもなんだか、不穏な気配を感じたのです。

その気配の元は、一時ほど前から木陰からビーマを盗み見している、羅刹(鬼神)女のヒディンバー
この森一帯を支配している同じく羅刹の兄、ヒディンバ(※こちらは語尾を伸ばさない)が人間のにおいを嗅ぎ付け、自分の妹にあの人間どもを生きたまま連れてこいと言いつけたのです。

もちろん、食べるために。

御馳走を連れて帰ろうと思ったものの、ヒディンバーはビーマを見るなり、なんと恋に落ちてしまったのでした。

(ど、ど、どうしよう・・・お兄様のところに連れていかないといけないのに・・・)
ときめきが止まらないヒディンバーです。
立場とか、種族とか、育った環境とか、そんなもの、一切恋には関係ないのでした。


《ガネーシャのひとりごと》
え、どこに落ちたの?
ヒディンバ―、どこに落ちたの??

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何とかこの状況をどうにかしようとヒディンバーは、美しい人間の女性の姿に身を変えビーマの元に現れました。
うっそうとした夜の森に可憐な女性が歩いてくるのを見たビーマは驚きが隠せません。

「おおなんて素敵な方なの。私は一目であなたに恋をしてしまいました。
だから、素直に白状します。今は人間のような姿をしているけれど本当の私は羅刹女のヒディンバー。
実は、兄にあなたたちを捕まえて帰るように言われているのだけど・・・
お願い!私と一緒に逃げましょう。
この森を離れて、山まで行けばきっと兄から逃れて暮らせるわ。急がないと、私が戻らないのを心配して、兄が来てしまう。そうしたらあなたは逃れられないわ!!」

そして、顔を覆って付け加えました。
「何より、あなたといたいの。
どうか私と結婚して!一緒に山で暮らしましょう」


ビーマは、目の前にいる美しい女性が羅刹女だとは俄かに信じられませんでした。けれどもそんなことよりも彼女の話した内容が気に食わなかったのです。

「逃げる?いきなり現れて何を言うんだ。ここには俺の大事な兄貴や弟たち、お母さんがいる。俺はこの家族を全力で守るためにいるのだ。お前と逃げて隠れて生きるなんて、ダルマ(自分の役割、宇宙との調和)に反しているよ。それに・・・なんでお前は俺がお前の兄貴に負けると思っているんだ、そっちの方が腹が立つぜ!」


ヒディンバーは涙目で訴えました。
「何を言っているの!兄は羅刹なのよ。たかが人間が勝てるわけがないじゃない!ああ・・・感じる。もう兄はすぐそこまで来ているわ・・・もうおしまい。こうして、私はやっとあなたのような人に巡り合えたというのに」

ヒディンバーの感覚は確かでした。
なかなか帰ってこない妹にイライラした兄は、においをたどって自分もビーマ達のところへひとっ飛びして来たのです。

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(※もちろんイメージ画像です)

どしん!と大きな音を立てて、ビーマとヒディンバーの間に降り立ったヒディンバ。

鼻をくんくんさせて、口元には涎を垂らしています。

「おい、ヒディンバーよ。俺はお前に人間どもを連れてこいと言ったのに、一体どんだけ時間かけていやがるんだ。さっさと喰って、ずらかるぞお」

「お兄様!ごめんなさい!他の人間を連れてくるから、この人だけは食べないで!私、この人と結婚したいの!」

妹から衝撃的な発言が飛び出して、思わず目を剥く兄ヒディンバ。
「おい、今、なんといった?!」

額の血管を浮き上がらせながら叫んだ羅刹に向かって、ビーマはしーっと指を口に当てました。

「ちょっとちょっと!悪鬼だか羅刹だかなんだか知らないが、静かにしてくれよ。俺の家族は疲れて寝ているんだから、起こさないようにな」

とんちんかんとも言える発言に頭に血が上ったヒディンバは、ビーマに殴り掛かりました。ビーマとヒディンバは各々得意な獲物をもってとっくみあいます。一瞬で食べてやろうとしたものの、このただの人間が恐ろしく強いことに気付いたヒディンバ。
ビーマの方も、さすがに羅刹と言われるだけあって一筋縄ではいかないぞと思い、腰を据えて戦い始めました。

とはいえ、戦いを学んだビーマの方が時間が経つにつれて優勢になってきます。

騒音に気付いて起きてきたアルジュナが、
「ビーマ兄さん!いったい何があったんです!怪我しているではないですか!ここからは僕が戦いましょう!」
というと、

ビーマはにやりと笑って、
「大丈夫だ、もう片が付くよ」
こん棒を大きく振りかぶって、ヒディンバを叩き割りました。


ヒディンバの絶命とともに、森に静けさが戻ってきました。
アルジュナが起きたのを皮切りにみな起き出してきて、目の前に何が起きたのかを知りました。

ユディシュティラは、ビーマを強く抱きしめて、
「本当にお前がいなかったらどうなったことか。ありがとう、守ってくれて。少しでも休んでおくれ」
と讃えました。

「なんてことはないですよ兄さん。まあちょっと休んだらすぐ出かけましょう。こんなところで足止めくらって、誰かに見つかったらやっかいだからですからね」

倒れたヒディンバの横でしょんぼりしていたヒディンバーでしたが、勇気を振り絞ってクンティーのところへ歩み寄りました。
「ビーマのお母様、私はこの羅刹鬼の妹のヒディンバーと申します。彼と出会い恋に落ちました。どうか、私とビーマを結婚させてください。なんでも致します」

クンティーはヒディンバーの目をじっと見つめました。
ビーマは慌てて、
「こら!お母さんに向かっていきなり失礼なことを言うもんじゃない!」
とたしなめましたが、その様子を見ていたクンティーとユディシュティラは、実はビーマもヒディンバ―に惹かれていることに気付きました。


(ビーマのやつ、僕より先に結婚をすることを心配しているのかもしれないな)
と合点したユディシュティラは、ビーマの肩を叩いて言いました。
「お前は大事なパーンダヴァの次男坊だ。結婚してどこかに行かれるのは困ったもんだな。けれども昼はこのお嬢さんといて、夜には必ず僕らの元に戻ってくるというんなら、結婚してもいいんじゃないか?

「あら、そうね、それがいいわ。悪そうなお嬢さんには見えないし」
と、クンティーも賛成してくれたので、
頬を上気させて喜ぶヒディンバー。ビーマも珍しく優しい笑顔を浮かべました。なんと、ビーマもまんざらではなかったのです!

こうして、パーンダヴァ5兄弟の中で一番最初にお嫁さんを貰ったのは、ビーマでした。

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昼はヒディンバーと新婚生活を送りながら、夜はパーンダヴァの元に戻る日々を過ごしたビーマ。しばらくすると二人の間にガトートカチャという男の子が生まれあっという間にすくすく育ちました。

息子は幼くとも逞しく、ビーマが困った時には必ず助けに行きますと誓いました。それを聞いたビーマは小さい息子をヒディンバーに託して、パーンダヴァ達とまた旅を続けたのです。

《ガネーシャのひとりごと》
好き・嫌いの気持ちではなくて、ダルマに従って生きなさいっていうけどさ。
好きとダルマを両立すればいいだけじゃな~い。
え?それが出来れば苦労しないって?
またまた~人間には無限の可能性があるって誰か言ってましたよ。出来ないのだとしたら、出来ないんじゃなくてやりたくないだけだね。


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