落語協会2023年度新作台本募集応募作『裏の裏』

落語台本『裏の裏』 (本名名義で応募したものです)

 兄貴「おう、半吉。どうしたんだ、そんな顔してよ。」
 半吉「兄い、聞いてくれよ。辰の野郎だよ。俺の背がちょっと低いからって、いつも俺のこと半坊って呼んで来やがるんだよ。この間もさ、俺がちょっと財布を落として屈んだら、「あれ、半坊がいなくなった。おーい半坊、どこ行ったんだ」なんて言いやがんだよ。本当に嫌味な野郎だよ。」
 兄「おう、それは大変だったな。」
 半「だからよ、俺はなんとかして辰のやつに意趣返しをしたいんだよ。何かいい方法はないかな?」
 兄「それならよ、辰公は三度の飯よりサイコロが好きなんていう無類の博打好きだ。辰公を呼んで少し賭けでもやらねえかなんて言った日にはすぐに飛びついてくるさ。」
 半「なるほどな、さすが兄い。ただよ、兄い今サイコロも何も持って無いんじゃないの?」
 兄「なにも博打ってのはサイコロがないと出来ない訳ではない。この四文銭一枚あれば出来ちまうんだ。しかもこの四文銭に、辰公をころっと騙しちまう仕掛けを仕込んでやることが出来るんだ。」
 半「なるほど、穴にヒモ括って、揺らして、こう眠れーってなわけか。」
 兄「そうじゃねえよ。ほら、話していたらちょうど辰公が外に出て来たぞ。じゃあこの四文銭は渡すからな。俺に任せてくれれば大丈夫だから。」
 半「えっ、銭くれるんすか。じゃあ今日はこれで失礼します。」
 兄「馬鹿、何しに来たんだよ。上手くいったら返してもらうからな。お前も上手くやるんだぞ。おーい、辰公!」
 辰公「なんだよ、こっちは今忙しいんだ。」
 兄「そりゃいいことだ。こっちはそれを知ってて呼んだんだ。いやな、お前博打が好きだろ。」
 辰「おう、そうだよ。俺は三度の飯よりサイコロが好きなんていう無類の博打好きだ。」
 兄「おうおうそうだろう。それでよ、ちょうど今こいつとやってたんだよ。そこでお前を見かけたから声をかけたって訳さ。」
 辰「そりゃいいじゃないか。それで半坊も一緒にいるんだな。ただここにはサイコロも何もねえじゃねえの。まさかテメーの頭の中でやろうってんじゃないだろうな。そうなればいくらでもイカサマできてしまうだろう。」
 兄「そこだよ。今はお役所の目が厳しくなってるだろう。サイコロなんて気楽に出せねえよ。そこでだ、どこにでもあるものでちょいと勝負、ってのが出来るように考えたんだよ。ほら、半吉。さっきお前が勝ったのを出してくれ。」
 半「え?出してくれも何も俺だってさっき来たばかりだよ?勝負なんてやってない……」
 兄「馬鹿、さっき渡した四文銭をくれってんだよ分かるだろう。」
 半「ああこれか。兄貴本当にこのお金くれるんじゃないんだね。うん、しみったれだ。」
 兄「誰が何を言ってるんだ。そう、これよ、この四文銭を使うんだ。これぞ四文銭って具合の正真正銘の四文銭だ。ほらよ、表にはな、寛永通宝って文字が書いてあって、裏には波の模様が書いてあるな。これを上にてーーんと放ってほいと手で隠すんだ。このときにこの四文銭は表と裏のどっちが上に見えてるかを張って当てるんだ。どうだい、簡単だろう。」
 辰「おう、そりゃ分かりやすいや。その四文銭が表が裏かを当てるんだな。二つに一つ、さっぱりしてていいじゃねえの。」
 兄「おいおい、博打打ちの辰公ともあろう人がこれを二つに一つと言うか。」
 辰「え?そりゃ表と裏とで二つに一つじゃないか。」
 兄「ああ、一見するとそうだ。だが実はそうじゃねえってのをこいつに教えてたところなんだ。あー、お前もやりたいだろ。お前だけ知らないのは不公平だから教えてやらないこともないぞ。」
 辰「おう、やるよ。頼むから教えてくれ。」
 兄「おうそうかそうか。じゃあよ、よーく聞くんだよ?いいか?実はこの四文銭は表と裏だけじゃないんだよ。ああ待てよく聞け。これをてーーんと放ったらくるくるーって回るだろ?で、回るときははじめに表を向いていて、半分回って裏になる。そして、また半分回ると裏の裏、つまり表になる。これで一回りだ。表と裏と裏の裏、これで一回り。表が二つに裏が一つで、この四文銭には表の方が多いんだよ。」
 辰「えっ?あー、うん?」
 兄「つまり表の方が出やすいってことだな。分かったか。」
 半「いや兄貴、そりゃおかしいよ。だって……」
 兄「おい馬鹿、それを言うんじゃない。今こいつを騙そうってとこじゃないか。お前が教えてどうする。」
 半「ああそうだった、悪い悪い。でも辰のやつ全然気付いていない。」
 辰「……うん?やっぱりどうもこいつを見ると表と裏の二つに一つしか無いようにしか思えないな。」
 兄「いや、無理もない。もう一度説明するぞ。いいか。これをてーーんと放ればくるくるーと回るだろ?回るときはまず表を向いていて、半分回って裏になる。そしてまた半分回ると裏の裏で表になる、これで一回り。表と裏と裏の裏。表が二つに裏が一つで、表の方が多いんだよ。」
 辰「あー、おうおう、うーん、はい?」
 兄「分かったか。」
 辰「あー、つまりなんだ?はじめは表で次が裏で最後が裏の裏でこれで一回り。表と裏と裏の裏、表が一つに裏が三つで裏の方が多いってことか?」
 兄「そのまま数えちゃいけないよ。裏の方が多くなっちまった。」
 半「ふふふ。辰のやつすっかり混乱してるよ。面白いね。」
 兄「静かにしろ静かにしろ。」
 半「でも驚いた。四文銭ってのは表の方が多いんだね。」
 兄「お前が騙されてどうするんだ。お前が辰のやつに意趣返ししたいっていうからやってんだろ。」
 半「ああそうかそうか。」
 兄「分かったら黙っとけ。あー、もう一度説明してやるよ。なに大丈夫だ、こいつには十回説明したからな。」
 半「だから……」
 兄「(おい。)ああ、だからもう一度説明してやるよ。いいか?これをてーんと放ればくるくると回るだろ?回るときまず表を向いてて半分回って裏だ。また半分回ると裏の裏で表に戻ってこれで一回り。表と裏と裏の裏。表が二つに裏が一つで、表の方が多いんだよ。」
 辰「あー、へー、ほー、はひ?」
 兄「分かったか。」
 辰「うーつまりなんだ?表と裏と裏の裏。表が二つに裏が一つで表の方が多いから、表に張れば良いってことだな?」
 兄「そうだ。そういうことよ。お前は三回で理解できたな?そしたら一勝負と行こうじゃないか。さっきこいつが四文銭払ったから、お前も一枚出してくれ。あーあーありがとう。そうしたらわざわざ来てくれたお前に花持たせてやるよ。お前が先に表か裏か選ぶと良い」
 辰「おう、良いのか?へへっ、悪いね。」
 兄「一人が表か裏を選んだらもう一人はその反対に決まるからな。当たった方が総取りといこうや。」
 辰「おうよ。」
 半「へへへへっ。面白えな。辰の野郎すっかり騙されてんだよ。これで野郎は必ず表に張ること間違いなしだ。兄いも上手いこと考えたもんだ。そしてあれだろ兄貴?必ず裏が出る四文銭を使おうってんだろ?」
 兄「そんな四文銭あったら、何も買えないだろ。」
 半「? あっ、そしたら必ず裏が上向くように放ることが出来るってことか。そりゃすげえや。」
 兄「そんなこと出来たらこんなまどろっこしいことしねえや。」
 半「……ってことは、表を選ばせるだけ選ばせて、表になるか裏になるかは分からないってこと?」
 兄「そりゃ、あんまり良くないな。」
 半「良くないなって結局表が出たら意味ないじゃない。俺の貰った四文銭どうしてくれるんだよ。」
 兄「それは俺の銭だ。おう、これはまずいことになったな。おい、お前が何とかしろ!」
 半「何とかってなんすか!」
 兄「何とかは何とかだ!」
 辰「おう、早く始めようや。」
 兄「分かってる。どっちになっても恨みっこなしだ。ええい、てーーんっと、さあ、張った!」
 辰「へへっそうしたらいくぜ。こいつは……」
 半「表!表だ!」
 辰「あっずるいぞ!俺が先に表に張ろうってことになってただろ!」
 半「へっ、こういうもんは早いもん勝ちだ。これでこの勝負もらったな!」
 兄「でかした半吉!そしたら、いざ!勝負!……裏だ。」
 辰「ほら見たか!半坊!お前がイカサマしたからバチが当たったんだ!」
 兄「いや、これは、裏の表、じゃないか?」
 辰「何言ってんだ!教えてやるよ。この四文銭にはな、表か裏か裏の裏、この三つしか無いんだ!これで俺の総取りだ。そしたら俺は忙しいから帰るよ。あばよ!」
 半「ああ、行っちまった。これが本当の裏目ってか。」
 兄「何こんなときに冗談言いやがって。それにしても、ああ、裏が出てはせっかくの仕掛けも、効果がなかった。」

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